たいした恋じゃない

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 男は「今すぐカナメがほしい」と言って聞かず、部屋に入ってくるなり玄関で浮島の服を脱がしにかかってきた。 「これから子どもが来るからやめろ」  と抵抗しても男は聞かず、三十分以内に終わらせることを約束して、浮島は好きにさせることにした。  だが、その夜に限って、正一は約束の時間より早くやって来てしまった。  ふと揺れる視界の中で、鍵を掛け忘れた玄関ドアの隙間から、真っ青になった正一がこちらを見ていた。そして浮島と目が合うと、ハッとなって乱暴にドアを閉めた。  すぐに追いかければよかったのだろうけれど、浮島は追いかけなかった。  もしも見られたのが真野先生だったら、追いかけたかもしれない。いや、そもそも真野先生が生きていたら、体の繋がりが無かったとしても、こんな遊びに手を出すことは絶対になかった。  身勝手に動く男の体にしがみつきながら、浮島はその夜、派手に絶頂に達した。 アパートの階段を走り降りていく正一の足音を、いつまでも耳で追いかけながら……。  予想通り、その後の三年間、正一は浮島のアパートに来ることはなくなった。 正一の母親から『おかげさまで正一が第一志望の高校に受かりました。ありがとうございました。』というメッセージとセンスの良い小さな菓子箱が届いただけで、本人から受験の結果報告を受けることもなかった。  それから三年が経ったある日、図書館で脚立に乗りながら配架作業をしている最中に、たくましくなった正一から声をかけられたのである。 相手が正一だとわかった時は、純粋にただただ嬉しかった。  二度も傷つけているのに、もしかしたら自分が知らないところで何度も傷つけてきたかもしれないのに、会いに来てくれる正一が弟のように可愛かった。
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