たいした恋じゃない

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 『真野先生の息子』という括りをはずしても、浮島は正一という人間が好きだ。 真野先生に対するような気恥ずかしさや、灯籠(とうろう)の揺れる灯りのような熱が帯びることはないけれど、大事な存在であることに変わりはない。 「おまえさ、なんでおれと先生が不倫してるってわかった?」  まだのど飴の袋と闘っている正一の背中に訊く。「なんとなく」と、男は言った。 「おまえの母さんは? もしかして気づいてたのか? おれと先生のこと」 「それはないよ。でも誰かがいることは、気づいてたと思う。オレには言わなかったけど」  ようやく袋の封が切れたのか、「はい」と言って正一がのど飴をつまんで差し出してきた。  あーん、と浮島が口を開けると、そこまでしなきゃいけないのか、というように眉をひそめる。 だが正一は、渋々とはいえ、必ず口の中に放りこんでくれるのだ。  カランとあめ玉が歯に当たる。スーッとする甘くて苦い味が、口内に広がっていく。 「泣いてたか?」 「亡くなった時はね。でも、むしろ感謝してたんじゃないかな。父さん、自分がもうすぐ死ぬってわかってたわりに、最期まで穏やかだったから」 「……感謝はねえだろ」 「まあ、オレは母さんじゃないから実際のところはわからないけどさ」 「そりゃそうだ」  まだ口内に飴が残っているうちに、浮島は煙草に火をつけた。最近、煙草の量が増えた気がする。  十年だ。あの人が死んでから、もうすぐ十年が経つ。あっという間だった。  煙草を吸いながら、「なあ」と正一を呼ぶ。 「おまえはなんでおれなんかに家庭教師頼んできたんだよ? おれだってそんなに頭よくねえのに」 「今日の浮島さん、質問だらけだ。なんか気持ち悪い……」 「もとはと言えばおまえのせいだろ。上限いっぱいフリンの本なんて、借りよーとするから」
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