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「あ、あれは……オレが問い詰めるだけじゃ、サラッとかわされて浮島さんの表情が崩せないと思ったからでーー」
「表情なんて、こちとらいくらでも崩せるわ。精神崩してこいや、クソガキ」
「ううぅ……」
浮島の吐き出した煙を払うように頭をブンブン横に振ると、正一は髪をぐしゃぐしゃと乱暴に掻いた。
「家庭教師を頼んだのはーー」
「のは?」
正一は一呼吸置くと、浮島を向いた。
「浮島さんはその……オレたちがお寺で初めて会った時のこと、覚えてる?」
「あ? いきなりなんだよ」
「いいから」
「まあ……覚えてたから夢みたんじゃねーの」
「あの時、『死ねって言って、ホントに死んじゃったらどうするんだ』って言ったオレに、浮島さん言ったよな。『おれが死ねって言ったから死ぬわけじゃない』って」
「言ったかもな」
「オレ、あの時浮島さんのこと、本当にひどいヤツだと思ったんだ。でも怒ってるオレに、浮島さんはバカにしたように言ったんだよ」
正一が顔を上げ、じっとこちらを見つめてくる。そして口を開いた。
――おまえは優しいな。優しいけど、自分のことしか考えてねえんだな。
「え、おれが? そんなこと言ったっけ?」
煙草の先端から、灰がポロッと落ちる。
かつての自分が正一に言ったとされる言葉は、浮島の記憶からすっぽりと抜けていた。
「あの時、浮島さんの言っている意味が、全然わからなかった」
正一は浮島のために買ってきたのど飴を、今度は自分の口の中に入れた。
「考えても考えてもわからなかったから……知りたいと思ったんだ。だから、もう一回浮島さんに会えばわかるのかなって」
口内に包まれたあめ玉が、正一の頬を押し上げている。それをじっと見ていると、正一がこちらを向いて「結局会ってもよくわからなかったけどね」と言って笑った。
その顔は、水汲み場で初めて見た時より、どこか寂しげに見えた。
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