たいした恋じゃない

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「すこし前に新人のあの女の子、木南(きなみ)さん? あの子が勝手に図書館に入ってこようとした男の人に、申請書の紙渡したんですって。これ書いてくれないと入館できません、って」 「へえ」 「そうしたら、申請書を突っ返して『それじゃあ、結構です』って言って、帰っちゃったらしいんですよ」 「ふうん」  喋っているうちに丸美が「あれ?」と表情を曇らせる。自分の話していることに、違和感を覚えたようだ。 「もしかしてこれって、館長や根岸さんに報告したほうがいい感じですかね?」  あーたしかに、と言いかけたその時、「ここいい?」と四人組の男子学生に声をかけられた。浮島と丸美に対してである。  浮島達の座っている席は、六人用のテーブル席だ。空いている四人分の席に相席で座ってもいいか、ということだろう。  浮島も丸美も、年齢より下に見られることが多い。学生から学生に間違われることもしょっちゅうだ。  いつもなら職員証を首からかけて間違われないようにするのだが、今日に限って二人揃って忘れてしまった。  思いっきりタメ口だが、こんなことでいちいちイラついていてもしょうがない。こういう場合、だいたい向こうも浮島達の年齢がわかった瞬間、申し訳なさそうに謝ってくるからだ。  浮島と丸美が適当に「あ、はい」と答えると、四人組は雑然と二人の隣に座った。  むわっと迷惑レベルの煙草のにおいが鼻につき、チッと舌打ちしたくなる。 自分の煙草のにおいは気にならないが、他人の煙草のにおいには敏感になる。喫煙者なんてほとんどがそんなもんだと、浮島は思う。  四人組は、昼時の学生食堂だというのに、テーブル席に座るだけで誰も何も食べようとしなかった。 飲み物も飲もうとしない。おまけにしゃべる声がでかくてうるさい。 「おまえ昨日のコ、どーだったんだよ?」 「それがさァ、めっちゃガバマンでオレまったくイケなくてよー」 「マジかよ。ユルマンじゃなくて?」 「そーそー。もーマジでガバガバ。しかも喘ぎ声ちょー作ってんの。オレでもわかるわってレベル」 「マジかー。顔めっちゃ可愛かったのに」
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