たいした恋じゃない

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***  学生食堂から外に出たあと、喫煙所横の自販機の前で、丸美が頭をペコッと下げた。 「不服ですけど、ありがとうございました」 「不服ってなによ」  浮島はくわえた煙草に火をつける。 「あんなのもあしらえないんじゃ、私もまだまだだなって。なんか悔しくて」 「張り合うとこじゃねえだろ」 「張り合いますよ。ああいう場面で助けてもらってるようじゃ、男好きが(すた)ります」 「意味わかんねえ。男と女じゃ力加減も違うだろーが」 「ていうかあの子、ちょっと目覚めかけてましたね。浮島さんに」 「ハッ。ガキなんてちょろいモンよ」  声高々に笑う。煙草の煙を吐き出した先の自販機の陰から、ちょうど人が出てきた。 「ぐわっ……ゲホゲホッ」 「あ、スンマセンーーって、なんだ。正一か」 「なんだじゃないよ! ……ゴホッ」  煙がモロに顔へと直撃した正一は、浮島に背を向ける。新鮮な空気を吸いながら、文句を言ってくる。  昔、小児ぜんそくを患っていたらしい。今でも気管支はそんなに強くはないのだろう。  浮島は煙草を辞めるつもりも、他人のために控えるつもりもない。よくウチに来ようとするなあ、と煙草の煙で咳こむ正一を見ては、いつも思っている。  一応悪いと思い、正一に自販機で缶のエナジードリンクを買って渡した。 「え、いいの……?」 「いらねえなら返してもらってもいーけど」 「や、ううん。いる」  エナジードリンクを両手に持ち、正一は猫背気味になった。癖のある前髪が、目にかかる。初めて会った時の、毛先から水滴を落とす幼い日の正一を思い出した。 「うふふ。きみってさ、本当に浮島さんのことが好きなんだね」  丸美に言われ、正一は水を落とす犬のようにぶるぶると首を横に振りながら「いやいやいやっ!」と否定した。 「おまえなあ、おれが傷つかないとでも思ってんだろ」 「だって浮島さんは遊び人だし、だらしないし、遊び人だし……」
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