たいした恋じゃない

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「二回も言わなくていい」 「父さんとも、その……」 「昔のことなんだからもういいだろ。クソガキ」  正一は浮島のあげたエナジードリンクをギュッと握りしめて、「ほんと口悪いこのひと……」とうなだれた。  その時だった。  あ、と丸美が怪訝そうに学生食堂の出入口を見た。そこから出てきたのは、先ほどの四人組だ。下品な話で、周囲をドン引きさせていた男子学生達である。  浮島達が見ると向こうも気づいたのか、四人ともサッと視線を逸らした。  けれど、そのうちの一人――最後、浮島が勃起を促してやったやつだけは、こちらへと近づいてきた。緊張気味に肩肘が張り、表情も硬い。  一見、身長も高いし目つきも悪いが、正一に比べると小さい。黒のライダースジャケットは、裾が少し剥げてることを除けば、まあまあ似合っていなくもない。  ツッパっている髪はダサくて古臭いけど、本気で好きになった相手には一途になるタイプだ……とどうでもいいことを考える。  そいつは正一を睨みつけるなり、 「おい真野、おまえこの人と知り合いなのか……?」  と訊いた。 「え、浮島さんのこと? うん。昔からちょっと」 「うきしま……そ、そうか」  浮島の名前を噛みしめるようにつぶやくと、男は「オレ、三崎っていうんすけど……」といきなり名乗ってきた。 「浮島さんはその……この大学で働いてるんすか」  三崎にそう訊かれ、浮島は煙草を灰皿に押しつけて答える。 「まーね。図書館にいるよ」 「あの、よかったらコレ」  三崎は浮島に紙切れを渡すと、「それじゃ」と言って仲間達の元へと戻っていった。  ポカンとしつつ、正一に「おまえ知ってるヤツ?」と尋ねる。 「うん。二年の頃、必修のゼミで一緒だった」 「ふうん。ってことは、おまえと同じ商学部?」 「そうだよ。最近授業でもあんまり見ないけど……。ていうか、それなに?」  そうだった。渡された紙の存在を思い出す。  正一と丸美に見守れながら、浮島は手渡された紙切れを広げる。そこには名前と携帯の電話番号、そしてラインのIDが書かれてあった。
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