たいした恋じゃない

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 もちろん正一は首を横に振った。 「ただ……あんまり、相手の気持ちをバカにしないほうがいいと思って」 「は?」 「だれが聞いてるか、わかんないんだよ」  それは自分よりも、三崎率いるあの四人組に言った方がいいのではないだろうか。まわりが明らかに不快そうな表情になっていたら、浮島だってベラベラと大きな声で他人の悪口や下品な話はしない。  すると正一は急にキョロキョロとあたりを見回したあと、門のところに視線を止めた。眉をひそめ、そこを一心に凝視している。  正一の視線の先を追う。だが、門の周辺は学生達が行き交うばかりで、特別目につくものはない。 「正一?」  顔を覗くと、正一は我に返るようにハッとなり、浮島を見た。 「今日、オレ浮島さんの家に行くから」 「は……?」 「四限終わったら、図書館に迎えにいく。だから待ってて。一人で帰らないで」  それだけ言うと、正一は浮島があげたエナジードリンクを持って、走って行ってしまった。  最近、正一は浮島のアパートに遊びにくる頻度が増えた。浮島が自分の父親と不倫していたと知ったあとにも関わらずである。  正直、もっと引かれて糾弾されるかと思った。  だが、正一は以前と変わらない。  エナジードリンクを奢ってあげた時の、胸に大切にしまうような姿。浮島の吐いた煙草の煙でむせ返りながらも、腰に湿布を貼ってくれる大きな手。猫背になった時の、目にかかる前髪――。  それらを思い出すと、胸の奥できゅんとなる。浮島的には、動物を愛でる感覚に近い。  もしかして……と思うと同時に、さすがにまずいよなあと思う。  おそらく、正一は自分のことが好きだ。  
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