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真野先生と出会った当時、浮島は大学二年生。唯一の肉親である母親が男と家を出て行ってから、一年ちょっとが過ぎようとしていた。
もともと淡白な親子関係だった。突然いなくなって驚きはしたけれど、母親は夜の仕事と株で貯めてきた一千万円近く入った息子名義の預金通帳を、置いて行ってくれたのだ。
バイタリティーのある人だった。どうせ勝手に幸せになっているだろうと、浮島は母親の行方を捜すことはしなかった。
けれど、心のどこかに突然消えてしまった母親へのモヤモヤした気持ちがあったのかもしれない。
そんな浮島にとって、真野先生は純粋すぎて逆に胡散臭く見えた。
夏休みのある日、ゼミの課外授業があった。
それは、浮島の所属する真野先生の経済ゼミのみんなで、朝から国立図書館に行くというものだった(これまた先生の完全趣味で)。
「任意の遠足みたいなものだから、出欠はとりません。でも、なるべくみなさん参加してくださいね! 来てくれた人には、僕が館内の食堂でお昼ご飯をごちそうします!」
真野先生は一人楽しそうに、課外授業という名の遠足のしおりを配っていた。
配られたしおりに目も通さず、各々の夏休みの予定をコソコソと話し合うゼミ生達にも気づかずに。
ーーバカな大人。
いくら昼食を奢ってもらえるからといって、夏休み真っただ中の『出欠確認しない宣言』をされた興味のない課外授業に、一体どれだけの大学生が参加するというのか……。
当時大学二年生だった浮島は、いつも冷めた目でそんな真野先生を見ていた。
浮島がその課外授業に参加したのは、ちょうど国立図書館のある永田町に住んでいた当時の恋人と、別れ話をした朝だったから。
お金だけは持っていて、でも本当にそれだけしかない、見た目も態度も天狗みたいな男だった。
そんな男と別れた朝に、誰もいない我が家に帰るのも気が乗らず、浮島はふと真野先生の課外授業のことを思い出したのだ。
一人待ちぼうけをくらっているオジサンを一目見てから帰るか。
そんな程度の好奇心で、事前に聞いていた集合場所に向かった。
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