たいした恋じゃない

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   そんな土地柄、数少ない静かな空間を確保できるのが、この図書館だ。正門からキャンパス内に入って一番奥にある、どっしりと横に長く構えた白い建物。  どうやら著名な近代建築の巨匠が設計したらしい。ガラス張りの壁と、やたら吹き抜けている館内は、無駄に爽やかな印象を与えるだけである。浮島には別段他の図書館との区別がつかない。  だが卒業後、就職する気のなかった浮島が唯一「働きたい」と思えた場所が、ここ母校の図書館だった。  静かすぎる館内を見回す。本を読んでる学生なんてほとんどいない。みな自習しているか、寝ているか、スマホをいじっているか、PCスペースでレポートを書いているかーー。  大学の図書館なんてそんなものだろう。  静かなのはありがたいが、職務については大誤算だった。死ぬほどダサい青色のエプロンを着て、こんなにも地味な作業ばかりさせられるとは思ってもみなかった。  不得意なパソコン作業にうんざりしていると、同僚の小野丸美(おのまるみ)がカウンターの中に戻ってきた。返却された本を書架に戻す配架(はいか)作業に行ったはずだが、その手には数冊の本がある。 「これ、間違ったところに配架されてたんで回収してきました~」  丸美は全体的に女性らしく丸い体を揺らしながら、お局的存在の根岸千賀子(ねぎしちかこ)に「ハイ」と数冊を差し出した。  間違ったところに配架されていたということは、最後にその本を借りた学生が返却口を介さないで勝手に書棚に戻したのかもしれない。もしそうであればその学生にポータルサイトから厳重に注意しなければならないので、回収してきたようだ。 「あら、また? 最近多いわねえ……」 「ですよね~、ホント困っちゃいますよね~」  ね、浮島さんっ、と丸美がうしろから肩を叩いてきた。  もともと目つきのキツい根岸千賀子もこちらを鋭い眼光で睨んでいる。  自分がこの大学を受験する前からこの図書館を牛耳っているらしいお局の視線を無視するわけにもいかず、浮島はゆっくりと振り返り、二人の手元を見た。
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