たいした恋じゃない

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 女性陣二人の手の中では、見覚えのある表紙の本が抱えられていた。そう、それは昨日の夕方、浮島が書架に戻した本たちである。 「あ、すいません。それ配架したのおれだ」  痛む腰をかばいつつ、立ち上がる。 「も~浮島さん、いい加減本の位置間違えないでくださいよ~」  はあ、と苦く笑う。  昨日の夕方は久しぶりに相性の良さげな男とセフレになれるかもしれないと、珍しくテンションが上がっていたのだ。一夜限りも楽しいけれど、やっぱりリスクを考えると特定の相手にしておきたい。自分の貪欲さにはあきれるが、とにかくセックスのことしか頭になかった。 「前から言っているけど、あなたは司書の資格を取ったほうがいいと思うの。この前三十歳になったばかりでしょう? 仕事に責任を持つべきだわ。資格を取れば、正社員にもなれるかもしれないのよ?」  三十一歳です……と心の中で密かに訂正しつつ、こちらがミスをするたびに聞くお局のアドバイスに「はあ」と曖昧に相槌を打つ。  成功も失敗も、自分に責任を持てるのは『遊び』だけである。本来仕事なんて、やる気の「や」の字もない。適当に生きていけるだけの稼ぎがあれば、雇用形態にもこだわらない。  お局の小言をひと通りおとなしく聞いたあと、浮島はもう一度「すいません」と頭を下げて目線を上げる。四十代後半のお局と目が合った。  するとお局は、冷え性で困ってるだなんて嘘だろ、とツッコミたくなるくらい顔を赤くし、プイと顔を横に向けた。あからさまに目を逸らされる。 「ま、まあいいですっ。次は気をつけてくださいよっ」  つっけんどんな物言いを残し、お局は自分の仕事へと戻っていった。  大きな胸をぽよんぽよんさせて、丸美が近づいてくる。 「浮島さんってホント罪作りな男の人ですよね~。あの根岸さんが浮島さんに見つめられただけで真っ赤になちゃうんだもん」  たしかにお局は絵画でも見るような目で、こちらを見てくる時がある。よほど綺麗な男が珍しいのだろう。小言は多いけれど、興味本位で自分と話したいという願望も節々にうかがえるのだった。
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