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帰りに湿布でも買って帰ろうかな、と考えていると、「浮島さん!」と聞きなれた声に、カウンターの外から呼ばれた。
借りたい本らしきものをドサドサとカウンターの上に積み上げるのは、ここの大学の学生・真野正一だ。なんて騒々しいんだろう。
「静かに呼べ、静かに」
「ごめんごめん。あのさ、これ全部借りたいんだけど」
「無理。いっぺんに借りられるのは五冊までだっつってんだろ」
「あれ、そうだっけ?」
何度もそう言ってますけど……とギロリと相手を睨む。だが、正一はどれを返そうか悩んでいるばかりで、こちらの視線に気づくようすはない。
じゃあコレ返してくる、と何冊か持って書架スペースに戻ろうとする正一のパーカーのフードを掴んで引き止める。
「おまえは何もすんな。それはこっちの仕事なんだよ」
さっきも配架場所を間違えた身としては説得力のないセリフだが、この脳みそまでが筋肉でできていそうな男に戻されたら、それこそ永久に本が迷子になる気がする。
「わかったよ。じゃあこの五冊にする」
観念したのか、正一がポンとカウンターに積み上がった本を「お願い」とばかりに叩いた。
「は? それは向こうでやれ」
浮島はカウンターの真向かいにある自動貸出機を指差した。
「え! これこそ浮島さんの仕事だろっ?」
「その仕事は引退しましたー」
「さっきこっちで貸し出してたの見たけど」
くそ。見られていたか。
「チッ」
「浮島さん、舌打ちする癖なんとかしたほうがいいよ」
「……チッ」
「……」
十歳も年下の学生に押し切られ、渋々貸出作業に取りかかる。
たしかにゲイではあるけれど、浮島は年上が好きだ。それに静かな人がいい。
正一は昔付き合っていた男の息子だが、いくら笑うと目尻にできる皺や、癖のある黒髪に面影があって、無駄のない指の形も似ているからといってーーあの人と同じような動きはしない。
おまけにあの人とは違ってバカだ。
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