一人になりたい旅行者

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PM5。三橋、ホテルに着く。 2泊3日のひとり旅が始まる。旅行など久しく行っていない三橋は、どこに行こうか迷いに迷っていたが、旅行会社にリフレッシュが目的と伝えると、店のススメで〝静かなお一人様専用プラン〟というコースを選んだ。 口コミの通り、ここは便が余り良くないせいか若い客や子連れなどはいない。何か別の目的で来ている、例えばお忍びとか、何かに集中したいとか、訳ありなんかもいそうだ。 三橋もそのうちの一人。毎日毎日仕事の連続で、自分を疎かにしている自分がイヤでここにやって来た。残業の多い仕事を毎日のようにしていると、自分が何者なのかわからなくなる。しばらく笑えてない自分に気がつく。それを断ち切るべく、1人を思い切り愉しむ、自分のための寛ぎの2泊3日が今から始まろうとしていた。 2月12日、PM5チェックイン。ホテルの名前は「ゴゴッティ」  名前に似合わず建物は和風な趣で、ロビーは広く受付の女性が奥から愛想良く出迎えてくれた。 「当ホテルへようこそ。三橋様ですね? お待ちしておりました、こちらへどうぞ」 受付で簡単な説明を受け3階の部屋に案内された。部屋は303号室。 通された部屋の窓からは緑の多い中庭が見おろせ、季節の花が静かに咲いている。部屋の壁紙は一面だけ若草色になっていて落ち着きを感じる和風モダンな部屋だった。 「値段の割に良い部屋だな。うん、ゆっくり出来そうだ」 「何かご用がございましたらこちらの電話でお申し付けください。夕食は19時から21時までとなっておりますのでご都合のよろしい時間帯に1階食堂までお越し下さい」 一礼して案内の女性は部屋を出た。   「んー、これは案外穴場かもな。こんな山奥、遊び目的の若い客が来ない分静かだし、目的を持った客には最高の場所だ。リピーターも多いかもしれない」  夕食まで時間があるので中庭へ出てみることにした。 上着を羽織り外に出ると、どっしりと構えた庭園で、風情のある静寂さと重厚感は1人の人間を包み込むような大きな空間と化していた。  樹木の枝ぶりは勢いがあり根は太く盛り上がっていて、まるで地面から這い上がってきたようだ。窓から見る景色と違って、迫力とその風格に圧倒され、包み込まれる充足感にしばらくその場に立ち尽くしていた。  そこへ1人の客が中庭に来た。  三橋は軽く会釈をしたが、何か考え込んでいるようでその男性は気がつかなかった。いや、気がつかないというより目に入らなかったふうだった。  しかしさっきから何だろうか、この空気は。街なかの空気とは異なる心地よい違和感が三橋の心と身体を揺さぶる。  風がやわらかい……。  木々が自分の身体と心を浄化してくれるようで何て居心地のいい。ここは特別な場所……。 自然と自分ーー。1対1の対話は時の経つのも忘れ、いつのまにか空気は冷たくなっていた。小一時間くらいここにいただろうか。さっきまでいた男性の姿ももうなく、三橋もそろそろと中に戻ることにした。
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