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階段を下り神殿の領域に入ると、世界が変わったかのように空気が一変した。賑やかだった一層目とは打って変わってしんと静まり返り、壁から染み出た地下水が清らかな音を立てている。そして下へ下りれば下りるほど明るく、自然豊かになった。
この辺りの地中には、空気に触れると半永久的に発光する不思議な鉱石が大量に埋まっていた。下層へ行くほどに鉱石の量は増え、晴れた日の昼間ぐらいの明るさが一日中続く。
元々この神殿は、自然にあった巨大な洞窟を利用して建てられており、人間が発見した時には既に地中とは思えないほど草木が生い茂っていた。人間以外の生き物は、早々に痩せこけカラカラに乾燥した地上に見切りをつけ、地下深くに楽園を作っていたのだ。
これが、地下深い方が神聖とされる所以である。
最深の地は、ちょうど愛らしい黄色い花の見頃になっていた。ずっと高い位置にある天井にはひと際大きな鉱石がはまっており、それが太陽のようにこの空間を照らしている。どこから入ってくるのか、ミツバチがせっせと蜜と花粉を集めている。
「揃ったようじゃな」
ちょうど中心に建てられたお社の前に三人が立っていた。白い髭を蓄えた高齢の男性が祭主様だ。我が宗教では、神を除いて最も位が高い。
「祭主様、無理をなさらないで下さい」
妙齢の女性が、祭主様に椅子に座るよう促す。彼女はジブリオール祭司、その横で頭を抱えている中年男性がアラン祭司だ。
我が宗教はとてもこじんまりとしていて、神殿の運営は高位である祭主様と三人の祭司の四人で取り決めている。小さな村の地域信仰なので、これ以上宗教を大きくするつもりも無い。
椅子に腰かけた祭主様は、少しの間沈黙した。そして重々しく口を開いた。
「ご神体が無くなってしまった」
社の中を覗くと、確かにあるべき台座の上にご神体が無かった。
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