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 維新も遠くなった。明治ももはや九年を数えた初秋の色すら感じられる一日。空は晴れているが足元は危うい。昨日まで数日の間、雨が続いたせいだ。  東京という名に、江戸っ子達もすっかりあきらめ慣れてきたと言えよう。景色もまた大きく変わってきたが、それでも江戸の町並みは、まだどこにでも見出すことが出来た。  日本橋の大店が並ぶ表通りから、ちょいと一本横に曲がればそこが江戸だと言っても信じられようほど昔と変わらぬ景色が目の当たりにできた。ここいらは表通りに比べ、道面が荒れているから昨日までの大雨でひどくぬかるんでいた。  一人の斬バラ髪を伸ばした男が、この歩くのにもためらいそうな道を進んでいると、威勢のいい台八車が泥を跳ね上げて通り過ぎていった。車の上は、荷物が崩れんばかりに積みあがっており、良くまあぬかるみで停まらないものだと感心する。  その大八車の跳ね上げた泥水を、まともに浴びた男が居た。 「やられた…」  顔を引きつらせ、泥だらけになった着物の裾をまくりあげた男は、去っていく大八車に何かを叫ぼうと口を開いたが、すぐに首を振ってまた歩み始めた。
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