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そうは言ったが実のところ、新吾の財布に遊女遊びをする金なんぞ入っているはずもなかった。
半分は見栄、もう半分は、これできちんとした記事が書けるという嬉しさで、畳みかけただけだ。
「では今夜、席主の所に行ってまいります。余ほどのことが無ければ、頷いていただけます。奥で誓書の方をしたためてもらえますか」
大番頭は新吾が絶対に約束を違えない男と知っている。これまでの付き合いで、軽率な面を見せても、しっかり最後は筋を貫く。そんな男として生きている新吾をきちんと見切っていた。大店の商家の大番頭は、人を見抜けなければ務まりはしない。その評価で、新吾は最上級の信頼を得ているわけである。
「よし、そんじゃ一筆入れるよ」
新吾がにこっと笑う。屈託ない顔に、かつての侍の面影は微塵もない。だが、この男の腕っぷしは実は半端でなく強い。それも大番頭は知っていた。
「場所の案内は、明日店に来ていただければ、同行いたしますので」
「うむ、こりゃなんとも楽しみだぜ」
この時の新吾は、この先に自分の人生そのものに関わる一大事が生起するなどと、夢にも思ってはいなかった。
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