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弐
墨東のさる大尽の別宅。その庭にある離れに、深夜多くの人が集い、明かりの漏れぬように目張りした室内でなにやら話しに興じていた。
これこそが、江戸期から綿々と続く納涼の定番、百物語会そのものであった。
ただ、どうも、この集まりは尋常の会とは様子が違っていた。座に異常なまでの緊張感が満ちているのだった。
既にかなりの数の蝋燭が火を落としている。百物語は、一つの怪談を終えると蝋燭の火を一つ落とし、百本用意された蝋燭のすべてが消えた時、怪異が起こる。世間にはそう伝承されていた。
江戸っ子達は、怪異が起こらぬように話は九十九で打ちどめるという暗黙の掟を作り、この儀式を夏の夜の暑さしのぎの娯楽に変化させた。
だが、この場に集まった人々は、単に納涼に集まっているわけではない。真に怪異を認め、これに接しようと言う真摯な者たちの集いなのだ。席に通される時、高村新吾はきつく大番頭の秀作に釘を刺されていた。
出かけてくるまで、かなり軽く考えていた新吾であったが、席に通されてから案内役と思われる者の説明を聞いたり、室内に設えられた諸々の仕掛けを観察するにつけ、大番頭の言葉の意味が深く突き刺さってきた。
「怪談の多くは創作です。誰かを怖がらせるという意図で作られています。しかし、真実が語られた怪談というものがあります。人が作り出せる怖さすら超え、本物であることで、まさに人知を超えた怪異を物語っているのです。文明開化などと申されていますが、こうしたいまだ解き明かされていない諸怪に触れ、実際に自分たちの手で怪異というものを呼び起こしてみる。これはその実験の場です」
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