脱出の代償

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 耳元で規則的な甲高い電子音が聞こえる。その煩わしい音を出している原因を探るために、俺はゆっくりと目を開けた。真っ先に瞳に映ったのは真っ白な天井と、腕から繋がる細い管だった。その管が繋がっている点滴の近くにはモニターのようなものが置かれていた。どうやら音の出処はそれのようだ。  俺が状況を理解した所で不意に引き戸を開ける音がした。見るとそこには見慣れた人物が立っていた。しかし、彼は目を見開いたまま動こうとしない。 「……え、嘘、海……起きて……?」  うわ言のように呟いた翼の目からは、ぽろぽろと大粒の雫が流れている。扉近くにいた翼は、ふらふらと覚束無い足取りで俺の方に歩いてきた。そして、俺を見てもう一度口を開いた。 「意識……戻ったんだね……」  ほんの少し笑みを見せながら手の甲で涙を拭った彼の顔は安心したような、それでいて寂しそうな、なんとも言えない表情をしていた。 「海まで、いなくならなくて良かった」  彼のその台詞からは、今この場にいないもう一人の友人……大地のことを暗に示しているように感じられた。もしかしたら大地はあの事故で……亡くなってしまったのだろうか。  俺は夢で体験したこととあの日のことを照らし合わせ、思い返していた。楽しかったことや大地と翼のいつも通りの会話。そして、事故が起きた時のこと。 「翼、俺は……」  開いた口はその後に続く言葉を見いだせないままだった。何も言えずにいる俺を見て翼は何を考えたのだろうか。一瞬の間の後、彼は事の顛末と俺が眠っている間に起きた出来事を話し始めた。  彼の話から推測するに事故からおよそ一年が経過しているようだった。また、あの遊園地は事故が原因で今は閉鎖されてしまったとの事だった。俺は約一年もの間意識が戻らず、大地は病院に運ばれた時には既に事切れていたという。翼も怪我を負ったらしいが幸い命に別状はなかったとのことだった。  全てを聞いた俺は、胸の奥が締め付けられるようだった。まるで、鉛玉でも飲み込んだみたいだ。視界がぼやけて近くにいるはずの翼がどんな顔をしているか、全く分からない。俺の脳裏には大地のあの笑顔がこびりついて離れなかった。  
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