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 それから三日後、上野の不忍池の畔で頭を抱えて蹲る新吾の姿があった。かなり真剣に彼は悩んでいる様子に見えた。  彼は喉の奥から唸声を発しながら漏らす。 「うーん、こんな厄介な事、引き受けるんじゃなかった」  この姿が、あまりに深刻そうに見えたのであろうか、唐突に背後から声がかかった。 「おい貴様、このまま東照宮の崖から不忍池に身を投げたりしないだろうな。袂に石でも詰まっておらぬか」  びっくりして顔をあげた新吾は、目の前に立つ人間の表情と格好に再度驚かされた。恐ろしく眼付きの鋭い巡査が、自分を見下ろしているのだ、繰り返し驚かないはずもない。 「め、滅相もない! あたしゃ、ただ考え込んでいただけです」  巡査を見れば泣く子も黙ると言うが、かつての市民生活に溶け込んでいた目明しや岡っ引きと違い、公僕たる巡査はその居丈高な威圧感で市井の治安に貢献していた。目の前の巡査は、まさにその威圧感の塊そのもである。 「本当か? 貴様の背中に死相が浮かんでいると申す者が居たのだ。私が見ても、貴様の背には確かに禍々しい気配が感じられるので声をかけた。まことに自死する気などないのだな?」  腹の底から響く声で巡査が言った、この男、その辺にいる巡査と全く違ったとんでもない迫力というか凄みを発散させていた。 「も、もちろんです!」 「では邪気は別件か。しかし、師匠が言ったことでもあり気にはなる。何か問題があったら、すぐに警察に言え」
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