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壱
年が明けて暫く経っていたが、東京は九州で起きた西郷吉之助率いる薩摩軍の騒乱決起をめぐってどこか緊迫した空気に包まれていた。
当然、高村新吾の勤める武蔵日日新聞でも、これを大々的に扱いそこそこの稼ぎを得ていた。
ところで、その高村新吾は新聞記者である。断じて町の雑用を請け負う便利な世話人というか御用聞きではない。筈である。
それなのに、彼は最近出かけた先で、記事とはまるで無縁な頼みごとをされることが多い。薩摩の件について何かと口を開いても、実は今困ってる雑事がと返され、気付くとそれを解決するために奔走しているのだ。
いや、きっと問題なのは、これを二つ返事で引き受けてしまう事なのだろが、本人はそれで納得しているから、周囲の人間皆にあきられれるのである。お人好しにも程がある、それが陰口なのかと言われれば違う気もするが、良い意味で言われていないのは確かだった。
その証拠に、彼の勤める新聞社では少なからずこの性格を余分な荷物というか、背負い事として見ていた。
とにかく、記事になる話の数倍は頼まれごとを聞いてくるのであるから当然だ。
「お前さん、記事書かずに頼みごと受けて駄賃貰った方が性に合ってないかね」
今日も頼まれごとをされ社に戻ってきた新吾に、主筆があきれ顔で言った。
「いえ、これは私の趣味のようなものです。生活の手段にはしません。それとも、主筆は私に武蔵日日を辞めろと遠回しに言ったのですか?」
懐の雑記帳を取り出しながら新吾が主筆にいやそうな顔をして見せた。
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