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   怨霊とはいえ、元天皇。相応に荘厳な姿を想像していた藤田だったが、狭い中庭に立っていたのは、ぼろぼろの白衣を着た髭まみれの蓬髪の男だった。  痩せこけ、頬が尖り、手の指も節くれている。  怨霊は瞑目し佇んでいるが、その周囲にはまるで嵐のように目に見えぬ何かが渦巻いていた。藤田には、そのぐるぐる渦巻く瘴気が肌で感じ取れ、それがまさに冥府魔道から吹いてくるものだと直感できた。  なるほど、これがこの世のものであるはずがない。 「敢えて問う、お主は真に崇徳院公であるか」  礼を保つためか、藤田は刀を下に向けたまま訊いた。 「いかにも、讃岐院などと蔑まれた哀れな廃帝である」 「怨霊が自らを蔑むとは意外だ。遥けき昔に果てた者が、怨みからとは言えいまだ宮家に仇成す。その真意はなんだ。そして、何故のこの男に執着する」  怨霊は瞑目したまま答える。 「下賤なる者に、世の心根など覗けはしまい。語っても、解せるとも思わぬ。余は宮家を滅することに執心しているのではない、今に至るまで、余や他の御霊に対する宮家を取り巻く陰陽寮の輩が仕向けた仕打ちに立腹し、懲罰を試みようとしているだけだ。それには、その男の力が必要なのだ。覚醒せぬまま、江戸の半分を潰したほどの逸材。これを欲するのは必定というもの」 「何のことだ」  藤田にはさっぱり判らない。 「返せ、その男の力を、我らの怨念に邪魔立てをするな」
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