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 政府の士族階級である陸軍の上級指揮官や現地に赴いていた政治家、それに後から動員された警視庁の抜刀隊に属する巡査や臨時雇いの元侍たちも東京に戻っているか、長い時間のかかる海路でその帰途にあった。船の数が潤沢でなく、少しずつ大阪などを経由し帰京しているので時間がかかってしまうのだ。  日本国内を再び混沌に導いた戦いの火は、こうして完全に消えた。国内に、もう政府に逆らうだけの気力と体力を持つ地方盟主など見当たらなかった。平穏な日がようやくに戻ってきたと誰もが実感した。  そして、だからこそ、薩摩の戦いを振り返る読み物が東京では飛ぶように売れていた。  混乱、対立、そして戦いの回顧。人間とは危機が喉元を過ぎると、それをまるで何かの行事であったかのように語りたがるものなのだ。  刷り物を生業としている以上、武蔵日日新聞もこの風潮に乗らぬわけにはいかなかった。  ということで、このところその関連の仕事をめぐり社員たちは目まぐるしく市中を駆け回っていたのだが、ずばりここまで成果が上がっていなかった。  紙面にあげるような話に行き当たらないのだ。  しかし、そこで引き下がるわけにもいかない。 「ようやく掴んだ機会だ。まず何事も実際に聴いてみなければわからない。とにかく行って丁寧に話を取材してきなさい」  武蔵日日新聞社の社屋で高村新吾にそう命じているのは、社主であった。  先述のように、武蔵日日では西南の役を振り返るという特装版の錦絵新聞を発行するという方針が決まっていたのだが、東京に戻ってきた政府軍関係者に話を聞こうとあれこれ手を回してみても、これがどうにもこうにもうまくいかなかった。
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