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その時、崇徳院の姿が微妙に歪み、まったく違う容姿の男が藤田の目には見えた。
「こいつ、一人ではないのか……」
もう一人の男は、きちんと烏帽子を被り貴族らしい衣装を纏っていた。
部屋の中の暁斎もすぐにこれに気付いたようであった。
「そいつは、上皇だ。おそらく後鳥羽院だ」
さすがの藤田も、二人目の元天皇の出現にたじろいだ。
「どういうことだ。怨霊とは一人ではなかった、そういうことか?」
まだ新吾の首に筆を走らせながら暁斎が答える。
「御霊ってのは、宮家に祟りを齎そうとする怨霊の寄り集まったものだ。ここにゃ気配はないが、天神様だって御霊の端くれ。たぶん、このお二方の他にも、そこに渦巻く邪気の中には何人かの尊い血筋の誰かが潜んでるようだ。本気で暴れられたら、この茶屋なんて一瞬で吹っ飛ぶぞ」
藤田の頬に、つつーっと冷たい汗が流れた。冬間近には似つかわしくない汗は、心の動揺が流した代物。
「どうすればいい? 私の刀が通じるとも思えんぞ」
暁斎がかなり焦った感じで藤田に言った。
「その通りなんだ。鬼じゃ魔王は斬れねえ。だが、あんたの刀にしか斬れないものが、ここにあるんだ。もう少ししたら、それがはっきり浮かび上がる。ちょっとだけそいつと話し合っていてくれ!」
話せと言われても、そもそも藤田は対話と言う奴がとんでもなく苦手だった。かつては、話すことが面倒なあまり人を斬った事実さえある。
だが、その刀が通らない相手だと言われたら、これはもう口に頼るしかない。
「あ、あんたは、後鳥羽上皇なのか?」
藤田が訊くと、束帯姿の男が薄く眼を開きじっと彼を見た。
「北面に連なる者か。そうであれば、皇家を守るのも頷けよう。されど、そこに理に適った筋があるのかお主自身は心得て、我に立ち向かっておるかえ?」
どうやら、この怨霊は藤田を宮廷を守る北面の武士として認知したようだ。これを聞いたら小躍りして喜ぶだろう既にあの世に行ってしまった男を彼は二人ほど知っていた。新選組の局長そして副局長…
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