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だが、今そんなことは関係ない。
「今上天皇がどうだかとか知った事ではない。そもそも、私は孝明天皇の御陵衛士という立場すら足蹴にした日陰者、天皇家にはもう本当なら関わりたくなかったのだ。我らの仲間は、先の戦いで殆どが落命した。最初、帝を守る立場だった筈が、いつの間にか朝敵と呼ばれ蝦夷地まで追いやられ、同胞の殆どが屍となった。私もまた、古き自分はもう骸となり果てたと思い、別の男として生きている。私が守っているのは、朝廷でも天皇家でもない、この東京と言う街に住む市井の民だ!」
怨霊の姿が幽かに歪んだ。
「武士が民に身を尽くす……、世がそれを許す時世と言うか。奇異なものだ」
一瞬のうちに後鳥羽院の姿が消え、今度は崇徳院が現れた。
「惨魔すら適う鬼刻が、何故に持ち手にお前を選んだか、大いに不思議を感じる。死している我らに時というものは無為であるが、生きている魔性は時により変異するもの。鬼にもまた心変わりがあるのか。してみれば、永遠に心根の変われぬ我らは真に哀れよ。しかし、民あっての国ともさんざんに説かれ育った覚えは微かに残っておる、お主の言い分には、相応に聞くべき価値は有ろう。だが、怨霊の本分を消すにはあまりに小さい、儚い想いだ」
崇徳院がゆっくり頭を振ると、邪気の流れが変化した。それは明らかに、藤田とその背後にいる暁斎や新吾達の方に向かい吹き始めていた。
まずい。藤田の本能が、危険を感知し全身に緊張を走らせた。
その時だった、暁斎の馬鹿でかい声が響いた。
「やって来たぜ、斬って欲しい相手が! この鎖を断ち切ってくれ!」
藤田が振り返ると、暁斎が組み伏している新吾の背中に中空から伸びた太い鎖が絡みついていた。
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