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 自分はそもそも家督を継ぐべき立場ではなかった。それが二月前に、兄が呆気ないほど簡単にはやり病で死ぬと、それまで何をしても口を出してこなかった父は、お前が家の跡取りである直ちに元服し城に参ぜよ。禄を得た以上は何より士道を極めよ。などと急に背中をきつく叩かれ、それまで自由に過ごせていた時間はほぼ総て剣術や槍術の指南に奪われてしまった。  書物を読むのが何より好きだったのに、その時間は完全に奪われてしまった。市中を散策するなど、その余裕も余力も捻出できなかった。  兄さえ死ななければ……。  少年はじっと地面を睨み呟く。  自分は家禄などいらない。徳川家の家臣としての役目などどうでもいい。自由に暮らしていたかった。次男坊として家の名に恥を塗らぬ程度に放蕩し過ごしていたかった。  そもそも、二月前まで家族の彼への態度は極端に余所余所しかった。  冷たいというのではない、何か腫れ物に触るような、決して触れてはならない何かを奥歯に挟んだような、言ってみれば他人行儀とも取れる態度で扱われてきたのだ、  何故自分がそのような目に合うのか彼に心当たりはなかった。  一度だけ使用人が囁いていたのを耳にしたことがある。  神隠しにあわれた子なのだ、何か尋常ではないものを持っているやもしれない。  しかし、自分にそのような記憶はなかった。  幼少期、何処かに迷子にでもなっていただけだろうと思っていた。  家人や使用人に距離を置かれていたからか、彼の思想は自由だった。武士のそれとはかけ離れていた。  できるなら戯作でも書いてみたいと思っていた。書を出す幕臣も居る。それは夢物語などではないと彼は思っているが、徒歩侍で組頭を任じられる程度の中の下とでも言うべき家禄では、そんな余暇許されるとも思えなかった。
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