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「お前には見えまい。だが、声が聞こえるのだから素質は十分だ」
何も見えない空間から聞こえてくる声に少年は身を硬くした。これは、いったい何事なのだ……
「もし自分の行く末に不安があるなら、宵に屋敷裏の高台の神社まで足を運ぶのだ。そこで、お前にしかできない役目を授けてやろう」
「な、何を話しているんだ……」
空から響く声がビシッと言った。
「貴様に役目を授けてやる、そう言った。これは、この夜でお前にしかできぬ大役だ」
少年は急に頭がくらくらするのを感じた。耳に届く言葉に偽りがない、そんな直感が拭えないのだ。
「私にしかできない? それはどんなことなのだ」
「これはこの場では語れぬ、然るべきお方の口から聞くのだ」
とうに体力を使い果たしていた少年は、もう首を上げる事も出来ぬほどに力が入らず、それどころか頭から徐々に血の気が失せ、視界がどんどん暗くなるのを感じた。
それと同時に、意識も希薄なものになっていった。
「待っているぞ、必ず訪れるのだ」
幽かに羽ばたきの音を聞いた気がした。だが、その直後ついに目の前は暗黒に変わった。
そこから先、彼の記憶は何も残っていなかった。
少なくとも、この時の出来事すら思い出したのは、たった今。あまりにも長い時間を経た、思いもよらぬ場所でのことだった。
揺れは収まっていた。確かに、あの時に比べればそれは小さく見た限りに被害は無いように思えた。
「これは、どういうことだ? 龍はどうなったんだ?」
男は背後に立った白装束の男に訊いた。
「去った、確かにあれは貴様の中から抜け出て行った、だが、だが……」
中年の域を過ぎようとしている白髪頭の男が、驚愕に見開かれた瞳で目の前の男を見て呟いた。
「まさか、では何もかもが?」
白装束の男は力無くうなだれた。
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