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ひまわり
一〇〇年後。旧荒廃都市跡地。
廃墟のなかで静かに鎮座する、コールドスリープの装置は、光りを点灯させてカバーを開けた。積もっていた砂塵が舞う。
レア・カニャスは目を覚まして半身を起こした。寝ぼけ眼であたりを見回す。天井部が崩れて光が差しこんでいる。〈なんの光りだろう〉とレアはぼんやりと考えていた。室内は埃や砂が積もっていた。少しして、彼女は、遠い未来にいることを理解した。外がどうなっているのか、まったく予想できなかった。彼女は怯えたようすで、恐るおそる階段をあがった。
経年劣化で酷く錆びついたドアを必死でこじ開けて、彼女は外にでた。強い光に目が眩んだ。彼女は手で目を覆って進んだ。
彼女は瓦礫に足をとられながら進み、下り坂の手前で止まった。彼女の記憶では荒れ果てた大地が広がっていた場所だ。
手を下ろして、顔を晒した彼女は、前に広がる光景を見た。
数億本のひまわりが彼女を出迎えた。それは、地平線の果てまでつづいて、地上に黄色い絨毯を敷いている。千切れた雲が流れて、太陽のしたで寝ていた。ひまわり畑の先には螺旋を描く塔があり、そのふもとは大小様々な四角形の建物が見えた。
どこまでも続くひまわりは風をうけて波打っている。
彼女はとめどなく溢れるなみだを堪えきれず、大粒の雫を流した。振りかえると都市を作っていたビル群の大半が崩れ、残っていたビルには葛の葉の緑が覆っていた。地上の瓦礫からは、草花が全体に咲きほこっている。
彼女の知る都市は原型をなくしていた。彼女を知る者は誰もいない。彼女が愛した人もいない。彼女が本当に求めていたものは、ひまわりよりも、もっと大切なものだった。彼といた日々の記憶を思いだす。彼がたまにみせる笑顔、自分を抱えて走る姿、寂しげな顔、自分を守るために戦う姿。どれも、もう見ることのできない姿だった。彼が残した光景に、喜びよりも、悲しみのほうがこみ上あげた。
彼女はなみだを流しながら億本のひまわり畑を眺めていた。
あたりは静寂に包まれ、風が澄んだ空気を運んでいる――。
しばらくして、ひまわりを掻きわける音がした。彼女はその方向へ目をやった。
一人の男が出てきて、ひまわり畑を背にした。茶色いローブを身にまとうその男は、
「おはよう」とだけ言って、彼女を見あげた。
髪が伸びているものの、彼はまさしくアド・フェロンだった。
レアは思わず両手で口をふさいで〈どうして〉と問いかけた。あたりの風景はたしかに長い年月を経ていた。にもかかわらず、ニヤニヤしながら自身を見つめる彼がいたことは、彼女にとって、これまでにないほどの驚きだった。
【荒廃都市に咲く花を、荒野いっぱいに咲かせたい】
彼女と交わした約束を、アンドロイドは一〇〇年もの歳月をかけて完成させていた。
「この一〇〇年間、ずっとお前をまっていたんだ。目が覚めないんじゃないかと冷や冷やしたよ。でも、まった甲斐があった……」
にこやかに笑うアドに彼女は微笑みかえした。
「見ろ。あの街を――」
アドは振りかえって、螺旋の塔を指した。「人間は凄い。たった一〇〇年であれほどの街を作りあげた。あの街には人間しかいない。すべてが本物の輝きを放っている。素晴らしい時代になったもんだな」
彼女は頷いて、彼のもとへと歩みを進めた。
「見あげてみな」
アドは空を仰ぎ、彼女もつられるように仰いだ。
爽快な青い空が一面に広がる。
「空は青かったんだ。夕方はオレンジ色になるが、大半は青い。つまり、例の賭けは俺の勝ちでもあったんだ」
アドはしてやった、と言いたげな表情を浮かべた。「だから、今度は俺の願いを叶えてくれ」
暖かい風が二人を包み、ひまわりの黄色い花びらが空を舞うなか、アドが両手を広げると、レアは満面の笑みで彼の胸に飛びこんだ――。
END
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