少女

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やがて彼は丁字路にぶつかって横道に入るとき、対面に見えたガラス製の看板をそれとなく注視した。ガラスに反射した自身の背後にいる何者かを確認する。薄汚いローブを深めに被って姿を隠している者がいる。すれ違う人々とくらべて華奢な体つきで、子供のようにも思えた。 彼はこうしてさきほどから背後を見るたび、その者が視界のどこかにいることに気がついていた。〈昨日の夜に出会った、あのガエルという男の差し金か?〉と彼は思った。 「流石にあんなガキの言い訳じゃあ怪しむか」  アドにとってASPといえど()れる自信はあった。しかし、下手をうてば、たちまち賞金首となって、ASPやハンターたちから狙われることになる。狩られる側に回れば一巻の終わりだ。だからといって監視をこのまま続けられても、身動きがとれない。どうにか状況を打開しなければならない。とりあえず身を隠そう、と彼は裏路地へ入った。 尾行者はそれ以上、追ってくる気配を見せない。少し歩いたところで彼は振り返ってみたが、すでに相手は姿を消していた。不穏な空気が漂うなか、彼はそのままさきへ進んだ。 裏路地は人一人分の幅しかなく、両側には建物に通じる機械めいた設備やトタンが貼りつけられていた。そこから伸びる無数の配線によって頭上は蜘蛛の巣と化している。ゴキブリが壁を這いずりまわり、地下から湧きあがる水蒸気が視界を塞ぐ。地面には腐乱死体が落ちていた。蛆虫が死肉を埋めつくし、鼠たちがバイキングパーティをひらいている。よくある光景だ。むせ返るような腐臭と化学物質を含んだ水蒸気が混じりあい、裏路地が交差する十字路でアドは耐えきれずえずいた。 地面にたまっていた黒いオイルがアドの影を映している――。ふと、別の小さい影が動いたのに気づいたアドは、とっさに走った。同時に、頭上から銃声がした。背後で着弾する音が聞こえる。 「なんなんだ畜生!」  アドは予想外の襲撃に戸惑いながら駆けだした。
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