ASP

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彼女が選んだ店は大通りからそれたところにあるレストランだ。二階建ての高級レストランで、赤を基調とした店内は閑古鳥が鳴いている。値段のはる店は客が少ないのが常だ。ここならば危険な会話をしても他人に聞かれる心配はないだろう、とアドは了承した。 二人が席につくとウェイターの女が液晶タブレットを手渡し、台形の端末読みこみ装置をテーブルに置いた。客が自身の端末を装置に読みこませると、それまでの食事内容からとった栄養を算出する優れものだ。これによって不足している栄養分がとれる料理がメニューに表示される。 アドのメニュー表に塩分過多の警告文があらわれて、メニューの全てがサラダで埋まった。彼は当然のように、レアのメニュー表を奪いとってステーキを注文する。そんな彼にレアは、はじめふてくされていたが、いざ大盛りサラダが運ばれてくると、飢餓に陥った家畜のように野菜を頬張った。アドの食事マナーは決して良いとはいえないが、彼女の食事姿に比べたら、いくぶん上品に見える。 頃合を見計らってアドは、 「気になっていたんだが、AIを殺したいんだろう? ID塔に行ってAIを殺すってのは考えたのか」ときりだした。  大方、AIの存在する場所はID塔だと分かっている。でなければ、傍目にも堅牢であると分かるほどのセキュリティを施す意味がない。直接、乗りこんでみたい衝動はあったものの、アドは行動には移さなかった。やみくもに突撃して失敗すれば終わりだ。相手に敵として認知されてしまったなら、悲惨な未来に放りこまれる。それでは、こそこそと息をひそめて、正義を愛するハンターを演じてきた意味がない。やるときは、AIに関する情報を把握したうえで、勝てる確証と武器がなければならない。  無邪気にサラダをむさぼっていたレアは、 「行ったことあるよ。けっこう前になるけど、復讐しようと思ってね。だけど、近くまで行ったらカラスや鼠の死骸があちこちに現れはじめてさ。急に目が痛くなって吐いたんだ。これ以上進んだらまずいって感じて引き返したよ」と答えた。 「なるほど、毒ガスの類が充満していたわけだ」 「たぶんね。きっとほかにも罠をはってるはずだよ。だから誰もあそこには近づけないんだ。だから、このケースのなかにはそのことに関する情報が入ってると思うんだ」 「なぜそう言える。もしかしたら、セクシーな女が裸でダンスしてる動画がつまっているかもしれないぞ。そもそもどこでこのケースの情報を知ったんだ」 「私は賞金稼ぎと、タリスマン製薬で警備の仕事を兼業していたんだよ」 「大企業だな。それがどうした」 「タリスマン製薬には前々から噂があってね。裏ではAIとともに人体の研究を行っているって根も葉もない噂だよ。ただその真偽を確かめたくてさ。もしかしたらなにかAIについてわかるかもしれないと思ったんだ」  アドはタリスマン製薬について聞き覚えがあった。 タリスマン製薬はAIが都市の支配後、初めて研究を承認した大企業であり、所在は公的機関が集まる中央区だ。 AIの認可を受けて薬品の研究をしており、この都市にある医薬品や薬剤などはほとんどがタリスマン製薬の製品である。そして付近にカデナ刑務所があるために、囚人を使って実験をしているのではないかという噂が流れていたことを思いだした。「で、なにか分ったのか?」 「いや、結局ただの警備員風情にわかることなんか何もなかったよ。一週間まではね」レアはニヤリとした。「その日は朝から研究者たちが大騒ぎでさ。ある研究者がAIや都市に関する機密情報を持って脱走したんだ、って盗み聞きしたんだ。みんな青ざめた顔で震えていたよ。私は騒ぎに紛れて逃げたから、いまどうなってるか知らないけどね」レアは鼻で笑った。 「その研究者てのが……」 「ヴァイス・タイタス。君が殺した男だよ。ヴァイスは私が狙っていたんだ。なのに、やっとあの人の隠れ蓑を見つけたと思ったらさきを越されてた。やったのは同業者で名はアド・フェロン。ハンター協会で調べて君を追ってたって訳さ」 「なるほど。もしかしてお前、あの酒場から俺をつけていたのか?」 「そうだよ。家まで後をつけたあと、装備を整えるためにいったん帰って、そのあとはずっと張ってたのさ。きづかなかったってことは私の実力がそれだけ高かったってことだね。」  アドは〈なんで気づかなかったんだ〉と舌打ちした。「で、どうやってそれの中身を見るんだ。長年この仕事をしているが、そんなもの、見たことも聞いたこともないぞ」 「さあ? 私にもわからないんだ。AIの情報を手に入れれば、きっと倒す方法だってあるはずなんだけどね。なにか案はない?」 「知らないのか。なら図書館で調べるか。元々そのつもりだったしな」  レアは賛同してサラダを平らげた。 「いいか、これからの指針を伝えるぞ。AIを殺すってなったらASPが黙っちゃいない。だが、俺たち二人で戦うには無理のある相手だ。奴らにばれないよう慎重に行動するぞ」 「それは無理だよ。どうしてもASPは相手にしないといけない。だからアドを雇ったんだ」彼女は事もなげに言った。 「無理ってのはなんだ。やりようはあるだろ」 「だって昨日帰ったら、玄関前にASPの捜査員がいてさ、手榴弾投げつけたんだもん」  アドの計画は彼女の一言によって無情にも崩れさり、彼は口に含んでいた水を盛大に噴きだした。  きょとんとしているレアを尻目に、硬直していたアドは、どうやって彼女を殺して逃げようかと考えていた。しかし、なんにせよASPと戦うはめになる。仕方なく彼は彼女の殺害を諦めた。「……このクソバカが」
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