賞金稼ぎ

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アルモニアの南側に位置する廃棄区。 とある廃墟の一室でマフィアのボス、カーティスは爪をかじって暇を潰していた。不潔の塊といったいでたちの男で、脂ぎった顔にはボサボサの髪がはりついている。 彼の前に置かれた骨董物の黒電話が鳴る。ボスは乱暴に受話器をとった。短い言葉を交わして彼は、ソファで寛いでいた男に受話器を差しだした。「てめえに用があるってよ」 アンティーク調の金縁めがねをかけた中肉中背の男、ヴァイス・ビショフは、眉間にシワを寄せて不快感をあらわにした。 「僕に? おい、なんで僕がここにいるって相手は知っているんだ。まさか僕を売ったわけじゃないだろうな」  ヴァイスが焦ったようすでそう言うとボスは鼻で笑う。 「そんなわけねえだろ。ウチの幹部の一人が連絡つかない。もしかしたらそいつから情報が漏れたかもしれねえな。だからってビビることはねえ。相手が誰だか知らねえが、ちゃんと守ってやるからとっとと電話にでろや」ボスは言った。  ヴァイスは「高い金を払っているんだから当然だ」と呟き、ポケットから出したハンカチで受話器を拭って電話にでると、 「誰だお前」と言った。 「やあやあこんにちはクソッタレ蛆虫のヴァイス君。俺はアドって名のしみったれた賞金稼ぎだ。最近、俺の可愛い可愛いお財布ちゃんがお腹すかせて泣いているんだ。だからここいらでお前の首にかかった三〇〇〇ウィルでお財布ちゃんのお腹をパンパンにしてやりてえんだ。どうだ? 協力してくれないか? なあに、ちょっと殺されてくれるだけでいいんだ。簡単だろう? 今からいくからジッとしててくれ」  相手が軽い口調でそう言ったところで電話はきれた。 青ざめた表情でヴァイスは生唾を飲みこむと、ボスに〈アドという名に聞き覚えがあるか〉と尋ねた。 「アド……アド・フェロンか。面倒くせえやつに見つかったな」ボスは答えた。 「知ってるのか。どんなやつだ」 「アドはアンヘル・クルスという男とコンビで活動しているハンターだ。アドの獲物は確か二丁の拳銃、アンヘルの獲物はスナイパーライフルだったな。二人とも凄腕で有名だったやつさ。しかしなんで今頃……」ボスは首をかしげた。  アド・フェロンとアンヘル・クルス。マフィアやギャングを潰して彼らが荒稼ぎしていたのは、古参のマフィアにとって有名な話だ。しかし、いつのまにか彼らの不快な活躍はなりをひそめ、やがて、悪人たちは彼らがどこかで死んだのだろうと安堵していた。この都市では誰が死んでも、ニュースになるようなことはない。葬式なしの墓石なし、便りなしだ。いつのまにか消えるのが都民の宿命であり、命の尊厳はAIの崇高な判断によって廃棄されて久しい。 ヴァイスは唇を震わせて、いまにも死にそうな声色で「おい、大丈夫なんだろうな。いまからここにくると言っていたぞ」と口にした。 ボスは苦々しい顔で重い腰をあげた。部屋から出ると、博打や酒に興じていたごろつきたちを見下ろして叫ぶ。 「野郎共、戦争の時間だ! 二匹のハンターがここに来る! とっとと迎え撃つ準備をしろお! 歩行戦車をだしな!」  ボスの言葉を聞いた彼らは陰鬱な面持ちでぞろぞろと動きだした。たった二人を相手に歩行戦車を稼働させるということは、名うての賞金稼ぎであることは明白だ。こんなところで今日が命日になるのはごめんだ。彼らはため息交じりで、しかし真剣な眼差しで銃を手にとった。殺し合いの予感に場の空気が張りつめる。  カーティスファミリーが根城にしている三階建ての廃墟は周囲から孤立しており、あたりには倒壊したビルの瓦礫や鉄骨が道々を埋めつくしていた。重機や車両の山があちらこちらで丘を作り、染みだしたオイルで塗れた地面が重量を感じるほどの臭気をばら撒いている。荒廃した世界のなかでもその廃れきった姿は顕著(けんちょ)であり、まさに廃棄区の名に相応しい場所だ。 昼間にもかかわらず深い霧がたちこめて、遠くに建っているビル群が亡霊のように霞んでいる。この死んだ空間に追い打ちをかけるように、化学物質がふんだんに盛りこまれた黒い雨がぽつぽつとふりだした。
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