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 四月三日、昼。 ホテルをでた二人は、予定通り図書館方面へと歩いていた。 道にはネジや砕けた基盤などの部品が散乱し、空間に投影されたノイズだらけのホノグラム広告が音もなく浮かんでいる。どれも、取り扱いのない商品だろう。聞いたこともない会社の名前が羅列されている。 崩れたビルや投棄された車、そしてそれを照らすネオンの光。未来的というより退廃的な雰囲気が相も変わらず街を覆っている。その昔はAI指導の下で、ロボットたちが丁寧な清掃と完璧な管理をおこない、街は機能的な美しさを保っていた。ところが、そういった業務は故障によって数を減らすロボットたちにともない、いつのまにか放置されるようになってしまった。しかし、電飾だけは退廃に抗い、爛熟した都市をいまなお未来的に見せようと努力している。復興の余地はなく、ごく近い将来、滅びを迎えることを知っていながら、都民はタブレットに従って今日を過ごす。 二人が歩いていると、レアは〈あっ!〉と驚いて一目散に路地へ駆けだした。何事かとアドが後を追うと、彼女は物陰で一輪の黄色い花を見つめていた。ゴミコンテナのそばで、ひっそりと灰色の空を見上げている。 「花か。珍しいな。屋根が黒い雨から守っていたのか」アドは言った。 「うん、これは……たぶんタンポポっていう花だと思う。そのうち綺麗な綿毛になるんだよ。持ち帰らなくちゃ」  彼女は素手で地面を掘って、興奮したようすでタンポポをハンカチで包んだ。よく暗い顔を浮かべていた彼女だったが、よほど花が気にいったらしく、表情が輝いている。爪の間に詰まった土を取りながら彼女は、どうせ皮肉でも言うのでしょう、とでも言いたげに上目遣いでアドを見やる。意外にも彼は黙ってようすを見るに留めていた。 アドは、花を手にする彼女に、亡き妹の姿が重なって見えていた。妹も、奇跡的に生き残っていた花を掴んでは駆けまわっていた事を思いだす。まるで二人目の妹ができたような感覚に、アドは気恥ずかしく思って背を向けた。それから、彼女の作業が終わるまで、煙をくゆらせて待った――。 二人が第二セクターまで来たところで、今度はお腹がすいたとレアがダダをこねだした。まず、用を済ませるべきだと考えていた彼は聞く耳を持たない。ところが、次第に彼女が大声をあげはじめると、アドはため息をついて、観念した。彼はこれまで若い女とかかわることがなかった。そのためか、彼女のことをどう扱っていいものか、分からない。交わされた契約は守らねばならない以上、手をあげることもできず、彼女の言うとおりにするほかなかった。
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