闇医者

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闇医者

 住居区はビルの外見によって著しく貧富の差がでる区画だ。 第一地区から第四地区はそれぞれ番号が若いほど、富豪や権力者などが住む区画になり、とりわけ第一地区は金殿玉楼(きんでんぎょくろう)の摩天楼が様々な極彩色の光で、周囲の高層ビルを互いに照らしていた。どこもかしこもファッションショーのごとく、奇抜な個性で競い合っているようだ。衣類を選択させられる都民とは正反対である。 第四地区は極貧にあえぐ者たちが住む地区で、夜になると光を発することもなくひっそりと廃墟のような佇まいを見せている。どの地区も過剰なほどに建設されたゲートタワービル(道路が建物に貫通しているビル)によって道路が何重にも渡っている。道路を走る浮遊車の光によって乱雑なフラクタル模様が宙に展開されてていた。 浮遊車にとって道路は本来、不要の存在だ。浮遊車ができた当時は、誰もが空を自由に飛びまわる世界を夢に描いていたが、度重なる事故や、落下してきた車体によって潰される歩行者が多発した。そのため法律による空中道路走行法が施行され、結局のところ、人々は浮遊車を手にいれてもなお、道路という概念に這いつくばって渋滞を作っている。 それぞれの道路は走行速度によって分けられ、低速で走行するための平らな道路や巨大なチューブ状の高速道路などがある。 上空の暗雲付近まで飛べば自由にどこへでも行けるが、その場合、暗雲から発せられる雷撃によって墜落するか、走行法違反で警察に地の果てまで追いかけられ、生涯に幕をおろすことになる。 夜も更けたころ、第二地区の道路をアドのハチソンとアンヘルのテスラが一般車にまぎれて走っていた。ハチソンの後部座席にいるレアは、血清の投与を受けたものの、依然として様態は芳しくない。 道中、アドとアンヘルの間には、張りつめたような空気が流れていた。二人は互いに、いずれ敵同士になることを理解していた。自身の信念に沿って生きる者同士、一度でも道を違えたならば、決して交わることはない。アンヘルは、一度は手を貸してくれたが、さすがに道をともにするほど、優柔不断な男ではない。彼も相当な頑固者であることは、相棒だったアドが一番よく分かっている。 「さて、この先を進むと青い光のタワービルが見えてくる。その高層にあるドッグが例の闇医者だ。オレにできることはここまでだ」 「その医者――ヘンゼルといったか。金カードには対応しているのか」 「ああ。そりゃあ、裏社会の人間を相手にしているんだ。拾い物でも対応している」  アンヘルがそう言うと、アドは〈ありがとよ〉と返して端末を彼にかざした。件の報酬だ。  アドから端末越しに報酬を受けとったアンヘルは、 「おい、多すぎるぞ。一二〇〇ウィルでいい」と言った。 「俺はASPにバレてるんだ。明日にはハンター資格も管理番号も剥奪だろうよ。この財布に入っている金はゴミになる。だから別れの餞別に全部くれてやるよ」アドはそう言った。  アンヘルはハンターとして犯罪者を狩る道を、自身はテロリストとして狩られる側になる。相棒という関係を別つ瞬間だった。  相棒は暗い顔を浮かべた。 「金のためではなく、信念のために行動するか。アド……オレは殺しあいが好きな男だ。スコープ越しに敵の脳ミソを吹きとばすのが楽しくてしょうがない。ハンター協会が与えた目標を狩る。そんな日々に、分相応に満足している。オレはこの都市が好きなんだ。熟した果実が腐って落ちる前の、儚い一瞬に浸っていたい。だからもし、お前がこの都市を破壊しようとするならば、オレはお前の敵になる。敵に塩を送って良いんだな?」 「敵に塩を送ったのはお前のほうだ。餞別はお前にもらったスナイパーライフルの代金ってところだな。活用させてもらう」 「そうか。願わくば二度と出会わないことを祈る。じゃあな」 アンヘルは車線を変更した。相棒だった二人はそれぞれの道へと進んだ。
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