死闘

7/9
50人が本棚に入れています
本棚に追加
/88ページ
さきに出口についたレアは穴の中心部でテスラを滞空させた。母親の形見をその手に、一騎打ちともいえる決闘の場に彼を誘った。  フェリチアーノは遠くのレアを見て笑う。 「つくづく母親に似ているな。思えばあのときも一対一だったか」  フェリチアーノは過去の記憶を呼びだす。 三年前、ID塔近くの施設内部でフェリチアーノとテレサ・カニャスは、銃を構えて相対していた。なぜ裏切ったのかを問いただすテレサに彼は〈はじめからASPの人間だからだ〉と答え、続けて彼女の夫であるセルジ・カニャスを暗殺したと話す。愕然とするテレサに彼は銃を発砲、彼女を射殺した。 「あの女はショックのあまり引き金をひきそこねた……。果たしてお穣ちゃんは俺を殺せるか?」  フェリチアーノは策を練る。“狙いは発動機か? いや確実じゃない。ならばカルビン弾で俺を狙うか。だが、ここはブルーホール……放たれた弾丸は磁界の影響で大きく逸れる。撃つタイミングは磁力が弱まったとき……出口につく五秒前ってところか。だが、五秒前になれば機体の操縦が僅かながらにきく。五秒前で撃つと同時にハンドルをきる……それならば発動機狙いだとしても、俺狙いだとしても弾丸は当たらない。それで、チェックメイトだ” そのとき、ブルーホール出口でアナウンスが鳴りひびいた。 【注意。浮遊車がでます。注意。浮遊車がでます。出口に近づかないでください。浮遊車発着まであと二〇秒】  同時にオルカからもアナウンスが鳴る。 【ご利用ありがとうございました。まもなく中央区に発着します。超電磁ゲート解放後、発着五秒前より手動による操縦をお願いします。発着まであと二〇秒】  レア・カニャスはWP865に銃弾を装填――フェリチアーノもまたヴェンデル四〇に弾薬を装填した。 【発着まであと一〇秒】  レアはレバーアクションで弾薬をチャンバーに装填。 フェリチアーノはスライドアクションでチャンバーに装填した。 【九】  レアは深呼吸し、神経を研ぎ澄ませる。 フェリチアーノは機体前方を覆うグラスカバーを格納させた。 【八】  レアは改めて母親に祈りを捧げる。  オルカのグラスカバーは格納完了。フェリチアーノは半身を晒した。彼はハンドルに足を置いて、射撃体勢をとる。 【七】  二人は互いに――銃を構え、相対した。命を賭けた一発の銃撃戦。それはまさに古の決闘だった。  レアの頬を伝う鮮血が顎から垂れる。眼光は閉じることなく敵を刺す。 ブルーホールは青みがかった光を落としていく。 【六】 ゲート解放まであと一秒。フェリチアーノはニヤリと笑う。 ブルーホールは紺色へと変わる。 【五】 ブルーホールは完全な紺色に染まった。 運命の瞬間、フェリチアーノはハンドルを蹴って、全神経を惜しみなく注いだ一発を放とうとした――。しかし、撃てなかった。引き金にかけた指が硬直し、発砲を拒否している。 フェリチアーノは呼吸を忘れるほど愕然とした。 【四】 フェリチアーノは機体を動かすべく全力でハンドルをきる。機体は磁界の拘束から解かれはじめていたため、僅かに横方向に動いた。 それでもレアは撃たなかった。彼女の狙いは別にあったとフェリチアーノは察知、めまぐるしく思考があらゆる方向へめぐった。しかし、答えはでない。その答えはレアだけが知っている。 【三】 レアは先ほどの肉弾戦でフェリチアーノが生体アンドロイドだと、悟っていた。そして、アドと同じく、彼は殺人の制御を受けているという可能性に着目した。フェリチアーノは本来、両親の敵というべき存在だが、当の本人はすでに死んでおり、生体アンドロイドとして復活を遂げていたのだろう。だから、テオドロスの一撃によってレアが落下したさい、フェリチアーノはミサイルを放ったが殺せなかったのだ。先ほどの肉弾戦、空戦においてもフェリチアーノはレアを殺さなかったのではなく、無意識に殺せないよう思考に制御を受けていたからだ。WP865の引き金をひいたときも、無意識下で銃弾が装填されていないとわかっていた結果、引けただけに過ぎない。 心のないセロ隊隊長は思考制御によって、どうあがいてもレア・カニャスを殺せない。レアは彼の反応でそのことを確信していた。 【二】  フェリチアーノは自身におきた現象を理解することができなかった。そもそも真実を知らない彼は、当然ながら自身を人間だと思っていた。彼は酷く狼狽して、必死で銃を握りつづける。 不意に脳裏に湧いた記憶は彼にとって、あってはならない記憶だった。フェリチアーノはオルカに乗って、どこかの下水パイプ内を逃げている。追手はアド・フェロンだ。濁流の轟音。雨水排出の時間だ。迫る濁流にアドは道を変えて避難、彼は出口にたどり着けず、水流に巻き込まれて――。 自身の死んだ記憶に彼は顔を歪ませる。 【一】  レアは母の形見を構えた。装填された銃弾はカルビン弾。 彼は慌てふためいてハンドルを左右にきったが、依然として拘束されている機体が思うように動かない。  フェリチアーノは彼女の顔をみて恐怖に竦んだ。可愛げのない笑みを称える彼女の笑顔は、テレサ・カニャスによく似ていた。今度は自分自身が引き金をひきそこねた。 【〇】  レアは入魂の一撃を放つ――。カルビン弾は彼の額を貫き、強化骨格の破片と血液を、後頭部から吐きだす。ゲートから飛びだしたオルカは死体を乗せたまま空中道路に激突し大爆発を起こした。 「君は別人だけど、ママとパパの仇の代わりになって」 レアは僅かに爆風を受けつつ退避した。瓦解したバイクの装甲や部品が炎を纏って、ゲート前方を通る空中道路に散乱している。道路を飛行していた多数の浮遊車は渋滞し、都民たちは突然の出来事に狼狽していた。 レアは遠くに、暗雲へのぼる噴煙が視界に入った。中央区だ。アドがいるかもしれないと思った彼女はテスラを発進させた。
/88ページ

最初のコメントを投稿しよう!