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『話があるの。今週金曜に、会いたい』
リナからそんなメッセージが吉野に届いたのは、彼女と岡崎が会った翌週の月曜だった。
リナはーーこの土日で、自分と別れる決心をしたに違いない。
岡崎の説得は、どうやらリナに効果覿面だったようだ。
どうせ、またブツブツうるさい不満でも言いつつ、仕方ないから別れるーーとかいうんだろう。
そう思っていた吉野は、その金曜、とんでもなく驚かされた。
会社からほど近いカクテルバーに、リナはいつになく真剣な顔で現れた。
「ごめんなさい。ちょっと遅くなって」
「ーーいや、別にいいよ」
どんな不機嫌な顔で来るかと思えばーー仏頂面どころか、これまでのベタベタと甘えた様子すら、どこにも感じられない。
いつも最初にオーダーするモスコミュールを静かに一口飲むと、リナは吉野を真っ直ぐに見つめた。
そして、しっかりとした口調で呟く。
「順ーー
今まで困らせて、ごめんなさい。
私たち、これで本当に、別れましょう」
これまでとは全く違う彼女の佇まいに、吉野は仰天した。
岡崎のやつーー
リナに、どんな魔法をかけたんだ?
「……うん、わかった。
なら、これで本当に……」
「ええ。……今まで、ありがとう。わがままな女で、うんざりしたでしょ?」
そう言ってふわりと微笑むリナは、文句なく美しい。
「……お前なら、俺なんかより上等な彼氏がすぐ見つかる」
「だといいけど」
他にはもう話すこともなくーー二人は、黙ってカクテルを傾けた。
リナと別れて夜道を歩きながら、吉野は夜空を仰ぐ。
淡い春の匂いのする空気を吸い込んだ。
ーーあいつに、ちゃんと礼をしなければ。
あのリナさえも見違えるほどに変身させてしまった、俺の最高の幼馴染に。
*
リナと別れて、一週間後の金曜。
吉野と岡崎は、行きつけのカクテルバーでいつにない開放感を味わっていた。
計画は不備なく遂行された。リナに不快な思いをさせることもなく、すべて丸く収まったわけだ。ここしばらく続いた重圧から解放され、二人の酒も進む。
「岡崎、本当にありがとな。ーー嬉しかった。マジで」
吉野は、岡崎に心からの感謝を伝える。
「とりあえず、計画通りの結果が出てよかった。何でも結果を出すのはいいものだ」
岡崎は、そう言って浅く微笑むとウィスキーのロックをカラリと呷った。
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