触れたくて

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「……ビーフシチュー、美味しいですね」 「あら、うれしい! またいつでも作るから遊びにおいでね、辻浦君」 「はい、是非」  味なんて全く感じないくらい、譲さん以外の事全てが霞んでいる。でも、何かで誤魔化さないとダメだと思った。 「譲も美波もビーフシチューは好物よね。作るの面倒だけど、母さんまたがんばるわ! 辻浦君の為に!」 「って、孝文のためじゃん! 前置きいらないじゃん!」 「うるさい、美波うるさい!」  二人のやりとりに譲さんも笑っている。その笑顔を見てまた胸がじんわりと温かくなる。それだけじゃない、温かさが熱さに代わり、また鼓動が激しくなる。  運命なんてくだらない。  定められたことがあって、最初から決められた道に沿って生きていくなんて本当にくだらない。女の子は使いたがるけど、俺は一生そんな言葉は使わない。そう思っていた。  なんて脆い信条だったんだろう。 (――譲さん)  口には出せないから、誰にも悟られないように小さく唇を動かしてみる。  さっき譲さんに触れた右手の人差し指を、そっと唇に運んだ。   終
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