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「辻浦君、これっ、口に合えばいいんだけど」
「辻浦君ー! 甘いものって食べられる? 良かったらこれ……」
「あ! いたいた辻浦君! 何とか手渡せて良かったぁ!」
「辻浦君」「辻浦君っ」
「つ、辻浦君……っ」
金森さんは今日は出張で福岡まで行っている。
「バレンタインデーという俺が主役になるしかねえだろって日に出張する意味がわからねえ」
……と最後まで文句を言っていたけど、それでも仕事はきちんとこなす金森さんだ。
去年までは、金森さんは(本命かどうかはともかくとしても)チョコレートをたくさん貰っていた。それこそ両手に余るほどに。
金森さんはぶっきらぼうなところはあるけど、良くも悪くも強引で、人を引っ張る力があるから、割りと女性には受けていたようだ。
趣味のサーフィンのせいなのか、肌は日に焼けて年中黒い。それにパチンコと競馬も含めて割りと多趣味だと思う。話題も豊富なようだ。
僕はこれという趣味は無いから、羨ましく思いながらもそれに倣おうと行動する事までにはいまだに至っていない。
身長は175cmと、特別高くは無いけれど、筋肉質でがっしりとした体型だ。肩幅も広い。僕のような貧弱な男が欲してやまないものを兼ね備えていると思う。
良い意味で女性も砕けて接する事ができる金森さんの存在は、飲み会などでは特に必須要員だ。そう、金森さんは決して自己評価が過大なわけではないと思う。
でも今日はこの場にいなくて本当に本当に良かったんじゃないかと思う。心の底からそう思う。
「うわ、辻浦お前……なんだよこのチョコの数、おかしくね? うちの課……どころか、部だけじゃねえだろこれ」
辻浦君のデスクの下には大きな紙袋が五つも突っ込まれていて、しかもその全てに溢れんばかりにチョコレートらしき箱が入っているようだ。
お陰で辻浦君は、足をデスクの下に入れられないでいる。
「皆さん、気を遣ってくださっているんだと思います」
「馬鹿言え、何でそれで受付の二人からも貰ってんだよ! しかもそれぞれから! あー、留美ちゃんは俺が狙ってたのに……」
悲壮感漂う顔でデスクに片手を着いて嘆いた金森さんと同期の和田さんは、
「ま、お前なら仕方ねえよな、留美ちゃんを泣かせたら殺す」
などと物騒な事を捨て台詞にして去って行った。
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