もどかしい距離

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「高瀬さん」  僕と背中合わせのデスク――辻浦君から声を掛けられた。  鞄の中から携帯電話と財布を取り出して、食堂に行くための準備をする。 「うん、行こうか」  椅子をデスクの下に収めて、辻浦君に振り向く。これ以上ありえないんじゃないかと言うくらい甘い……幸せそうな、蕩けるような笑顔を浮かべて、辻浦君は頷いた。 *** 「チョコレート、凄かったね」 「え?」 「デスクの下、窮屈そうで、ちょっと大変そうだなって思って」  日替わりランチの中に入っているシーザーサラダを口に運びながら、辻浦君の苦労を思って、労うように言ったつもりだった。  それなのに、僕の言葉を聞いた辻浦君はさっきの笑顔とはタイプの異なる、妖艶さを含んだ笑みで僕を真っ直ぐに見詰めてきた。 「……何?」 「やきもち」 「え?」 「やきもち。……だったら、嬉しいなと思ったんです。譲さん」 「――な」  完全に思い違いだ。  ただ単純に、そして純粋に、「チョコレートの数が凄い」と言う事を言っただけだったのに、辻浦君はそれを僕が拗ねたように受け取ったらしい。  相変わらずこういうところは本当にポジティブすぎるくらいポジティブだと思う。 「会社で、名前で呼ぶのは止めてって……」 「ええ、分かってますよ。でも、だって――嬉しくて」  そんな、子供みたいに頬を林檎のように染めて満面の笑みで言われたら、僕は何も言えなくなってしまう。いつも感心するんだけど、何で辻浦君ってこんなに笑顔をたくさん使い分けられるんだろう。器用、なんだろうな、きっと。 「高瀬さんからは何が貰えるんでしょうか?」  勘違いをそのままに、機嫌が良さそうな辻浦君は調子付いてなのかまた不可解な事を言い出した。 「? 僕は男だけど」 「高瀬さん、今の時代、男同士であげるチョコもあるくらいですよ」 「……そ、そうなんだ」 僕が時代に追いついていないだけなのか? でも男同士でチョコって……慰め合いみたいで悲しくないかな。何だか。
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