もどかしい距離

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 食堂で昼食を終えて、辻浦君と二人で自分達のデスクに戻ろうとしている時だった。 「あ、あのっ!」  後ろから追いかけてきた少し高めの女性の声に、僕達は呼び止められた。  ――また辻浦君かな。  瞬時にそう察した僕は、その女性に軽く会釈をしてその場から立ち去ろうとした。 「あ、あの! た、高瀬先輩にあの、こ、これを……っ」  女性が僕の前に立ちはだかって、有名ブランドの包装紙で梱包された箱を僕に向かって差し出した。思わず、その箱を凝視してしまう。 「え? ぼ、僕……ですか?」 「は、はい。あの、私のこと、覚えていらっしゃいませんか――?」  顔を真っ赤に染めて僕を上目遣いで見上げるその瞳は光を反射して潤んでいる。170cmと、あまり背の高くない僕でも見下ろしてしまうほど小柄なその女性は、そう、確か……受付の女性だったような。 「え、ええと、受付の方、ですよね?」 「は、はい、あの、木本奈津美です。あの、今日、お仕事の後、少しだけお時間ありませんか?」 「時間は無いよ。ごめんね。チョコもいらないよ」  僕が「少しなら」と答えようと口を開きかけた瞬間、いつもよりワントーン低い声と早口で言った辻浦君が、その女性の顔を冷たい目で見下ろすと、僕の手を強引に引いて仕事場へと向かおうとしていた。 「ちょ、ちょっと、辻浦君」 「だって俺と約束してますし、ね? ――譲さん」  約束なんてしていない。今初めて聞いた。それなのに、まるであの人――木本さんに聞かせるように僕に確認する辻浦君に、苛立ちがつのった。 「あの、木本さん、受付で声を掛けますから……っ」  辻浦君の迫力に中てられて呆然と佇んでいた木本さんが、はっとした様子で僕を見た。 「……はい。待ってます」  木本さんのふんわりとした、花が開くような笑顔に僕は胸が高鳴るのを感じた。
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