触れたくて

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「さあさあ温かいうちに食べましょ。辻浦君、苦手なものとかある?」 「いえ、好き嫌いはないので」 「いいわー! 最高ね! 美波なんてホントもうあれはダメこれはイヤだって我が儘で。困っちゃうのよねー」 「もう、お母さんうるさいよー」  賑やかな食卓は久しぶりで、割と居心地の良いものに感じた。  両親とも今年に入ってからはずっと海外に行っているし、実家に帰ってもどうせ一人だ。それに、あの家は一人でいるのには少し大きすぎる。  気軽に生活をするならと、高校生の頃両親に貰ったマンションの一室を今もずっと使い続けている。実家に比べても大学が近いから便利だ。便利だけど、自分が所有している部屋の存在なんて、人に知られると面倒だ。何かと頼られかねない。今までの彼女も一人も連れていった事はない。    美波の母親の質問責めに笑顔を交えて応えていると、キィ、と音を立ててリビングの扉が開いた。 「お兄、おかえりー」    美波の声につられて扉の方向に視線を移した。初対面だし挨拶くらいはしておかないとな。  そんな軽い気持ちで、半ば笑顔を作り掛けていた。 「ただいま。靴が一足多かったから、誰か来てるんだと思ったんだけど……」    美波の兄が、泳がせていた目を一点に定めた。  刹那、目が合った。  いつも完璧に、楽しくなくても笑いたくなくても作ることの出来る笑みが中途半端に固まった気がした。  俺は今一体どんな顔をしていたんだろう? 美波の兄は戸惑ったようにはにかみ、すぐにその目を逸らされてしまった。   一秒にも満たないかもしれない時間だったのに、美波と過ごした三週間よりもずっと濃厚な時間にさえ感じた。    何だ、――これ、は。  「そうなの。突然だったからお兄に何も言ってなくてごめんね! こちらっ。あたしの彼、辻浦孝文君です」  「譲、そのシャツ会社に着ていくものでしょ。汚れたら落ちないわよ。着替えてきなさい」 「ああ、うん。……そうだね。ちょっと着替えてくるよ」    そう言って、彼は首に巻かれたままのネクタイを右手で軽く解き、きっちり留められていた第一ボタンを外した。  晒された首元は男性にしては線が細く、簡単に手折ってしまえそうだった。  上品な雰囲気の漂う彼――譲さんの顔が、奇妙に色気を放っていて、俺の目を捕らえて離さない。
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