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隣の女が少年に声をかける。
少年は、さもジャズへの陶酔の妨げだと言わぬばかりに不機嫌に答える。一転して媚びるような目線で、少年に話しかける女。少年がタバコを口にすると、すぐさま火を点ける女。至極当然と言った風に受ける無表情の少年。ゆっくりと深く吸い込み、ゆったりと吐き出していく。
その煙の中の女に、少年は初めて笑みを投げかけるーポツリポツリ……とうとう雨が降り出した。巡らせていた夢想を、何の前ぶれもなく破られた少年の心は泣いていた。重い扉を押して、幻想の世界へと入る。光と音が暴力的に支配する世界、色とりどりの光がミラーボールから発せられている。激しい音が、壁と言わず天井にそして床に、激しく叩きつけられている。
♪ バババ、ドンドドドドン!
♪ キチョン、チキチキチキチョン、チョン!
♪ ブンバンバンブンブンブンバン!
♪ ティーヴイィィ、ディーー、チューン、ティティーー!
♪ あの娘が、あの娘が、云ったのさー!
扉を開けたとたんに、少年の耳に飛び込んできた。少年には、騒音としか聞こえない。ロック音楽と称されて、同年代の少年たちが狂喜している。しかし少年には、どうしても異質な音楽だった。♪ シャウト、シャウト! と歌うが、大声で叫ぶことに何の意味があるというのか。
バズトーンと称される重低音が、お腹にズンズンと響く。
ピックで弾くはずのギターで、
“チューン、ティティーー!”
という音を出すのが理解できない。
「大人のジョーシキは俺たちのヒジョーシキ! 俺たちのノーマルは大人のアブノーマル!」
とボーカルが嘯く。
少年には上すべりに聞こえる歌詞が、持てはやされる世界へ。
Wellcome to Rock’n Roll!
そこには少年の思い巡らせた世界はない。
色とりどりの光を発するミラーボール、壁と言わず床そして天井に容赦なく叩きつける強烈な光。それが、もうもうと立ち込めるタバコの煙に取って代わられている。その煙に色があり、赤、青、そして白とさまざまな色だった。しかし濁った色でしかなかった。そして光ではなく、色でしかない。少年の心には投影するもののない、色だった。
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