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はるか頭上へと昇りかけている陽の光が、ガラス張りのテラスへと差し込む。
先程まで届かなかったベッドの片隅にまでも、明るい色を反射する許容範囲を広げているかのようだ。
『一体、いつの間に‥‥。』
ほんの微かに身動きした陽子が、突然として目を覚ます。
「少しは眠れたかい‥‥。」
ふと見定めた窓際に、外の景色をじっと見つめている霜沢の後ろ姿を捉えていた。
「私ったら‥‥。」
飛び起きるかのようにソファの上へと座り込むと、陽子はようやく自分の状況を理解したようだ。
記憶の片隅に残る、霜沢と視線を合わせたあの一瞬の出来事。
その後、一体どうなったのか、手繰り寄せる時間の中にその先が見えて来ないのはなぜだろう。
「すみません。いつ眠ってしまったんだか‥‥。」
かけられた毛布を手に、少々困惑気味な陽子の心情が伺える。
「構わないよ。少し眠った方が良いと言ったのは俺の方だから‥‥。ただ、患者さんの方が一足早く目を覚ましたようだ。」
その言葉に、陽子はようやく看護婦としての自分を意識した。
すでにベッドから起き上がり、テラスの側で椅子に深々ともたれ掛かりながら、じっと外を見やっている森月緋冴。
「まだ横になっていた方が‥‥。」
歩み寄ったその足で、肩へと差し伸べた陽子の手を、そっと重ね返した手の平で緋冴は否定する。
「香山さんが無理矢理に、あなた方をここへ連れて来たのだと、霜沢先生から聞かされました。こんな時に、のんびり寝ている気分には、とてもなれません。」
切実そうな思いを胸に、深いため息にうなだれる緋冴。
「緋冴さん‥‥。」
そんな彼女を優しく受け止めるかのように、陽子は椅子の正面へとひざまずき、温かな瞳で見つめ返した。
「ところで‥‥君の記憶が一部欠落しているという事実は、もうとっくに自身でも承知しているはずだね。しかも、それが全て香山の催眠暗示によるものだという事も‥‥。」
霜沢の言葉に、かなり長い間、沈黙に浸っていた緋冴。
目を閉じ、息を飲んだ彼女の手が、そっと過去に失われた下腹部の痛みへと差し伸べられる。
「私は6年前に大切なものを全て失った。その傷を今だ手放せないでいる私に力を与えてくれた‥‥それが亡くなった、あの田中僚だったんです。あの人は、私の背中を一歩ずつ前へと押してくれた。」
「田中僚に対する、病室でのあの時の君の証言は、やはり偽りだったのか。」
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