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その言葉を噛み締めるかのように、緋冴は遠い記憶の断片をたぐり寄せた。
「6年程前‥‥。あれは結婚してから半年‥‥新居へ引っ越しして1カ月も経たない頃でした。突然それは始まったんです。」
結婚と同時に看護婦という仕事からも一時離れ、一戸建ての家へと移り住み、緋冴は平凡な主婦としての生活を始めていた。
それが、突然として地主の手から他人に土地の権利が移り、立ち退きを余儀なくされてしまったのだ。
しかも、買収された範囲は複数の町を含むほど膨大なもので、全くもって一方的な通告により古くから住んでいた住人達は困惑すると同時に、この時からまさに激しい反人道的抗争が始まったのである。
「争いを避けた半分以上の住人達は、相手の買収金を受け取り土地を去ってゆきました。多分、精神的苦痛や疲労の方が大きかったのだと思います。しかし、この事が報道機関に取り上げられて裁判沙汰にもなった事から、その半年後にはお互いが和解という形で歩み寄る事が出来ました。その土地を出て行く必要もなくなり、私達は再び平穏な生活を取り戻していたんです。それなのに‥‥。」
それなのに、そんな安らかな生活も2週間とは続かなかった。
ある夜、ガソリンを満タンに積んだ巨大タンカーが住宅街へ突っ込み横転、一気に火の海と化したのである。
逃げ惑う人々の中、全てはパニック状態。
悲鳴、絶叫、そして絶望。
近隣の都市から数十台もの消防車やレスキュー隊が駆け付けたものの、消火作業は一向に追いつかない程に、横転した巨大タンカーから引火した炎は勢い衰える事が無かった。
しかも当時、風の強い天候も追い風となり、この一次災害が、二次災害、そして三次災害へと拡大の一途を辿ってしまったのだ。
凄まじい勢いで丸二日以上もかけ、炎は全てを飲み込んだ。
当然の事ながら、多数の死傷者、負傷者を出し、住民達の砦は無惨なまでに廃虚と化していったのである。
「それが本当に事故だったのかどうか。背後に暴力団の存在があっただけに、何一つ真実もつかめずに‥‥。ただはっきりとしていた事は、計画通り土地は買収され開発建設が始まったという事実だけ。」
「確かに‥‥住民達を安心させておいて一気に叩き潰すには効果的な策略だな。手段は卑劣窮まりないやり方だが‥‥。」
緋冴の感情を受け取るかのように、霜沢はぐっと拳を握り締めた。
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