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騒動の後、緋冴は精神的ストレスと疲労で倒れ、すでに体はボロボロ、そして流産という悲劇がもたらされた。
「妊娠していた事にも気付かず、私の為を思い引っ越しを勧めてくれていた夫の意見さえもあの時、聞き流してしまいました。お年寄りの多い街だっただけに、とても放り出してはいけなかったんです。その結果が今の私‥‥。夫にとっても大切だったものを、私は奪い去ってしまった。」
「緋冴さんは悪くないわ。どうして、そこまで自分を責めるんです。」
陽子は精一杯、緋冴の苦しみを受け止めようとしていた。
他人を大切に思う気持ちが、最後には何一つ得られぬ犠牲となって彼女の身にふりかかってしまったのだ。
「燃え盛る炎の中、助け出せずに死んでゆく人達を、私はなす術もなく見届けていた。」
うつむき様に、声を押し殺すかのように震え始めた緋冴。
「あの時の私の気持ちが、あなたには‥‥‥あなたには、分かるっていうの?」
目に溢れた涙をぐっとこらえる緋冴の瞳に見据えられ、陽子は勢いに押されるかのように思わず息を飲んだ。
そう、彼女はその時、地獄を見たのだ。
炎の中に崩れ落ちてゆく、この世の地獄を‥‥。
「私が看護婦に復帰した、その本当のワケ。‥‥先生には分かりますか?」
緋冴の意を決したかのような眼差しが、霜沢へと注がれる。
「土地買収に関わっていた中心人物の中に、曽根山院長の名があったからです。私は本当の真実を知る為に、そう、再び看護婦という職業を選んだ。」
緋冴の告白は、さっきまで穏やかだった部屋の空間を、一気に張り詰めたものへと変化させていた。
霜沢と陽子、二人が見つめ返すその先に、復讐に彩られたもう一つの緋冴の姿が顔を覗かせていたのである。
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