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誰一人として口を開こうとしないまま、沈黙の空気が流れてゆく。
そんな中、ノックする音と共に扉が開き、緋冴に付き添っていた陽子が顔を覗かせた。
「ど‥‥どうしたんですか?一体‥‥。」
異様な静けさと皆の視線に圧倒されながら、踏み出す一歩を思わずためらった陽子。
「いや‥‥大した事じゃないさ。ところで彼女はどうしてる?」
晃が冷静な口調で、再び部屋の緊張感を緩ませた。
「さっきまで続いていた傷口の痛みも、ようやく治ったみたいだし、ぐっすり眠りについたようでしたから、そのまま寝かせてあげようと思って‥‥。」
「高熱が治まったのに、ここへ来る為に無理矢理、動かしたからな‥‥。」
医者と看護婦の会話を交わしながらも、香山と祥己達が相対する場所には近寄りがたく、陽子は必然的に瑠依の隣へと座り込んだ。
ようやく落ち着きを取り戻した祥己が、考え込んでいた眼差しを向ける。
「瀬名生喜の事、あなたは一体どこまで……。」
「亡くなる直前まで行動を共にしていた‥‥と言ったら?」
香山の投げかける視線が、祥己に対して、ある意味、挑戦的なものへと変わる。
「面白いじゃねぇか。聞かせてもらおうか‥‥なあ、氷山‥‥。」
祥己の代わりに孝彦がその挑発を受けて立った。
伏せ目がちに落とした香山の視線が、やがて過去の記憶を呼び覚ますかのように遠くへと注がれる。
「瀬名生喜と出会ったのは6年も前の事。特殊な精神医療の専門課程を学ぶ、ロス講習内での席だった。」
元々、ロスのジェスタニール病院で、精神科医として働きながら専門分野の勉強を続けていた香山は、唯一日本から来ていた瀬名に声をかけたのだ。
案の定、異国の地にたった一人降り立った瀬名にとっては、同じ日本人である香山は当然、初めから親しみ易かったに違いない。
しかし、そんな出会いもつかの間、日本を離れている最中に、突然にして火災事故で住む家ばかりか家族をも失ってしまったのだ。
居場所を無くし、再びロスの地に舞い戻った頃には、もう既に瀬名自身は失望の最中にあった。
大切な家族を最終的に死へと追いやったのは、自分なのではないか‥‥と、次第に自らを追い詰めて‥‥。
精神課程の勉強に、我を忘れるかのごとく全力を注ぎながらも、悪夢と不眠に悩まされ続けた彼の心の中は、やがて凄まじい崩壊の様相を見せ始めていたのである。
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