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彼女の名前はサツキといった。年はちょうど三十歳。帰省の途中だという。私の目的地であるM県の片田舎に実家があることを教えてくれた。
サツキさんの降りる駅は私の目的地の二つ前ということになる。ここからしばらくの間、私と彼女は旅を共にすることになった。旅は道連れとはよくいったものだ。思いもよらぬ素敵な出会いに私は胸を躍らせていた。
「私ね、結婚していたんです」
他愛もない話を続けた後、サツキさんはぽつりと呟いた。その呟きが憂いを秘めた顔立ちによく似合っていたものだから、旅行の非日常さと相成って彼女の横顔が非現実的な景色に見えた。
「年上の人でした。田舎者の私はころりと騙されて……ううん、きっと私の見る目がなかったんです。浮気ばかりする人でいつも泣かされて来たの。それなのに私、あの人のことがずっと好きだったんです」
つい二ヶ月前の苦い記憶が蘇った。高校生の時から付き合っていた彼。違う大学に進んだけれど二年続いた。このまま卒業して、就職もして、行く行くは結婚するものだと信じて疑わなかった。
子供っぽくて無邪気で、流されやすいところも含めて好きだった。いや、好きでいたかった。
その気持ちわかりますと私が口にするより早くサツキさんは言った。
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