二月十四日

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 彼女は大袈裟に腕をさすって見せた。私はどうやら厄介な人に話しかけてしまったのではないかと後悔し始めていた。人が変わったように低い声で饒舌に話し続ける彼女には、きっともう私のことなど見えていない。誰でもいいから吐き出したかったのかもしれない。  サツキさんが降りる駅までまだ先だ。私はやっぱりうんうん頷き相槌を打ちながら話を聞いた。 「ちょうど今日、二月十四日に離婚届と浮気の証拠を叩きつけてやる計画になっていたんです。バレンタインチョコのかわりにね。浮気相手たちにも後で弁護士から連絡をさせる算段で。それなのに、それなのに……」  サツキさんは突然声を詰まらせ、目頭を押さえた。肩が小刻みに震えている。しまいにはハラハラと涙を流した。 「あの、大丈夫ですか……?」 「……それなのにあの人、死んでしまったんです」 「えっ」 「今日を待たずに、事故で呆気なく……計画はグチャグチャ。頭の中も真っ白で、気が付いたらお葬式を済ませていました。何にも、何にも考えられなかった……」  静かに涙を流すサツキさんに私の中の同情心が膨れ上がっていく。離婚を考えていたとはいえ、十年余り思い続けていた身近な人が亡くなれば誰だって取り乱すに違いない。 「あの、なんて言えばいいか……お辛いでしょうね……」 「ええ、辛かったです、未だに辛くて憎くて仕方ないんです。あの人が最後まで妻を虐げ楽しく生きて死んだことが」     
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