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サツキさんは俯き、視線だけをこちらに寄越している。涙目で睨みつけるように真っ直ぐと。
何かしでかすかもしれない――鼓動が大きくなる。危険だと本能が告げる。私はなるべく彼女を刺激しないように努めた。下手なことをすれば殺されてしまう気がしてならなかった。それほど彼女は恐ろしく、異様な空気を醸し出していたのだ。
「腹立たしい……結局私はあの人の妻として喪主をやらねばならなかったんですよ?散々好き勝手にやっておいて、人生の尻拭いまで私にさせて」
早く別れておけば良かった、憎い、ムカつく、許せない、呪ってやりたい、地獄に落ちてればいい……ブツブツと言い続けるサツキさんに私は恐怖した。それと同時に一刻も早くこの鈍行から降りたかった。失恋の傷心旅行は台無しである。車内はあいも変わらず人が疎らだ。同じ車両には小さくいびきをかいて眠るサラリーマン風の男や、イヤホンをしている同年代の男が乗っている程度。
私の目の前には恨み言を吐き続けるサツキさん。ここで何かが起こっても私は助けて貰えないのかもしれない。見知らぬ土地で命を落とす危機がぐんぐんと現実味を帯びていく。
「あの人のせいで、私は何にも知らない愚かな未亡人になってしまった、十年間を無駄にしてしまったんですよ」
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