二月十四日

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 サツキさんはため息を吐くと目元を指で拭い、顔を上げた。私が最初見たような幸の薄い儚げな美女の姿がそこにはあった。未亡人という肩書きが悲しくもよく似合う。  さっきまでの恐ろしさは急に鳴りを潜め、清々しいほどに吹っ切れた表情で遠くの方を見つめている。狂気に触れたのかと思って怯えていた私が馬鹿馬鹿しく感じるくらいに。  今更になってどっと吹き出した汗が恥ずかしかった。 「私ずっと意地を張っていたんでしょうね。もう疲れちゃった。しばらく実家に戻ろうって決めたんです。ごめんなさいね、初めて会ったのに変な話をして」 「……あ、いえ、大変だったんですね……」  喉がカラカラだった。手元にあったペットボトルのお茶を流し込む。重苦しい空気はこの雪空とよく似ている。雪片はどんどん大きくなっていった。予報はハズレだったのか。  涙で濡れたまつ毛を伏せてサツキさんは微笑んだ。 「あなた、とても優しいんですね。会ったばかりなのにここまで話しちゃうなんて自分でも不思議」  潤んだ瞳が私を捉える。綺麗な人なのだから、きっと次は良い人に巡り会えるに違いない。今は十年間で培った情や憎しみが彼女を疲弊させているだけなのだ。 「いえいえ、ご実家でゆっくりしてください」 「有難う。あなたも旅行、楽しんでくださいね」     
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