死者が来る

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死者が来る

先日、東北のある漁村に仕事で泊まったら、真夜中に部屋の外で人が歩き回る音がする。 気になって眠れなかったので、朝旅館の人に文句を言ったら「それはァ、死者が歩き回っている音だから気にすンな」と言う。昔からこのあたりで伝わる噂らしい。   旅館の主人は昔、村の役場に勤めていた。 その関係で、海に流れ着いた身元不明の溺死死体の確認に時々行かされたらしい。一通り警察の検証が終わった後、その死体を運ぶ車への移動の手伝いもよくやらされた。 複数で遺体を持ち上げるのだが、海水を含んだ死体はけっこう重い。ちょうど腰のあたりを担当して一気に持ち上げた時、ずぶり、と指が遺体に入り込んでしまったという。 特に夏の間は海水の温度が高く、死体が短時間で腐乱する。 旅館の主人は、あの時の指の感触がその後ずっと忘れることができない。だから「腰だけはァ勘弁ナ」と、その後立ち会った時に言い続けていた。     
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