死者が来る

2/3
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
最初に宿泊してから二週間後、またその漁村に行ったら何だか村中が騒がしい。昨晩、コンブ漁に出かけて行った漁師が海に出たまま帰ってこないという。仲間の漁師達が夜中に探しに行ったら、行方不明の漁師の船が無人で暗闇の海の上をくるくると同じところを回っていたのを発見した。 コンブ漁はこの辺りの夏の風物詩だ。時期が決まっているので、漁師も頑張って小さい磯船で一日中採る。この漁師も仲間とともに海に出て一度水揚げで戻ってきたが、海が荒い日が続いていた中やっとこの日は穏やかになり、これまでの不漁を挽回しようと一人で海に戻って行った。 「うっがりとオ、海に落ちてしまったンでネエカ」 旅館の主人がポツリと言った。 その夜のことである。 真夜中に、ふと誰かの足音がして目が覚めた。 今夜は自分一人しか宿泊客はいないはずだ。古い旅館だから部屋の外の物音が聞こえやすい。 もしかしてまた誰かが遭難して旅館の主人が駆り出されているのではないか。 そう思い、再び寝ようしたが、足音と共に耳障りな音もする。ぴちゃぴちゃと、水が滴るような音だ。その音はだんだんと近づいてきた。ついに自分の部屋の前でその足音は止まった。 誰なのか確かめようと声を出そうと思ったが、どうにもうまく声が出ない。まるで金縛りにあったように、身体中がこわばったまま脂汗だけがじっとりと流れてきた。 すると、音もなくすうっと扉が開いた。暗闇の中、ずぶ濡れの誰かがそこに立っていた。 下半身だけだった。 私はそのまま気を失ってしまった。     
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!