190人が本棚に入れています
本棚に追加
/207ページ
そう考えると多少の疲れなど乗り越えられる――思い出しても身の毛がよだつ、悪が蠢くあんな悲惨なシーンを見るよりはずっとマシだ。
「やっぱり近々休もうか?」
私の顔色が変わったからだろう、響さんが気遣ってくれる。
「いえ! お客様がガッカリされます。大丈夫です」
突然の臨時休業でお店が閉まっていたとしても、お客様たちは文句も言わずにまた来てくれる。店主である響さんの人徳だろうが、好意に甘えてばかりいてはいけないと思う。
「それに、お休みでダラダラしていたら余計に疲れちゃいます」
根が貧乏性だからだ。
「ありがとう。香織は本当に優しいね」
響さんの目が柔らかく微笑む。
彼と恋人同士になっても、未だにこういう瞳で見つめられると胸がドキドキする。
「何を真っ赤になってるのかな? 香織はいつまで経っても初々しいね」
「もう、からかわないで下さい」
「本当、いつまでも熱々だね」と突然第三者の声が割り入った。
「妙快!」
「それに弥生ちゃん!」
藤宮弥生……彼女は私の親友。そして、妙快さんは響さんの親友で藤宮家の婿養子。そう、二人は夫婦なのだ。
その二人が揃って入り口付近に立っていた。毎度思うが迫力のビジュアルペアだ。
――それより、やっぱりドアベルが鳴らなかった。なぜ鳴らないのだろう?
「君たち、何度も言ってるけど営業時間内に来てくれるかな。ハッキリ言って迷惑。帰れ」
シッシッと犬でも追い払うように響さんが手を払う。
最初のコメントを投稿しよう!